錬磨の先に

志摩時間 2024年夏号より

疲労回復や食中毒防止などの効果があり、日本最古の医学書「医心方(いしんぽう・984年)」には薬として記載されている梅干し。
日本を代表する梅の産地でもある紀州は、黒潮の影響で温暖な気候に恵まれ、日照時間も長く、古くから梅の栽培が盛んな地域です。
最高級品種「南高梅(なんこううめ)」が有名で、南高梅の青梅は梅酒や梅シロップに、完熟梅は主に梅干しに加工されており、柔らかな果肉やフルーティーな酸味と香りが特徴です。
 

和歌山県に接する三重県の東紀州地域は全国的にも降水量が多いことから、この地域の南高梅の皮は薄く柔らかく育ちます。三重県の南部、御浜町(みはまちょう)には約25年前に和歌山県から4軒ほどの梅農家が梅畑を開墾し今も梅づくりが行われています。

そのなかの1軒で昔ながらの手仕事にこだわる松本農園へ樋口総料理長、塚原和食総料理長が伺いました。そこには地域の農業の可能性を広げ、自分らしく働く農家の姿がありました。

松本農園は御浜町内外で3つの梅畑を運営し、合計10 ha程の敷地にある約2千本の木から、年間約200トンの南高梅を栽培しています。
山に囲まれた梅畑に到着すると、木には美しい梅のつぼみ。

「太陽が当たる部分から赤くなるんですよ」と教えてくれたのは5代目の松本清さん。まずは栽培方法についてお聞きしました。

南高梅を含む梅には、同じ品種の花粉では受粉しない「自家不結実性」という性質があるため、畑には複数の品種の梅の木が植えられています。受粉は1月から2月の気温が13度程度で風のない日を選び、地元養蜂場から借りたミツバチを畑に放ち行うそうです。

落葉から結実までの間に余分な枝を剪定し養分を実に集中させます。「剪定は木によって日光の差し込む方向や木が持つ成長の速度、大きさなどが異なるので決まったパターンがないんです。

また梅は多くの枝を付けるので最終的には8〜9割を切り落とします。
職人として3年は経験が必要な仕事です」。

樹上で完熟した梅は、畑の草をクッションにしたネットへ自然落下し、その実を拾い集めるのが紀州の南高梅の収穫法。6月から7月にかけての約25日間、収穫作業は毎日続くそうです。

「完熟した梅は実が柔らかく皮が薄いので機械で収穫すると傷が付き、すぐに傷んでしまうほど繊細。
人の手で丁寧に拾い、その日のうちに塩漬けにしています。大変な作業ですが3つの畑で完熟した梅を一斉に収穫することが重要です。

ちょうど梅雨の時期にも重なりますが雨でも休めずまさに梅との戦いですね。また、私たちの畑は除草剤を使わず、雑草は草刈りをするなど、木が土から吸収する養分や落下する実にも配慮した草生栽培を行っています」。

松本農園では収穫した梅を天然塩で20日以上漬け仕込みます。また一年を通して天日干しをするため、その都度塩漬けのタンクから梅を取り出して加工しています。

塩漬けや天日干しの準備を行う加工場

続いて、塩漬けや仕分けの作業が行われている加工場へ。黄色くふっくらとした南高梅が次々と塩漬けのタンクから天日干し用の大きな木製の木ザラと呼ばれる容器に運ばれます。

樋口総料理長は「塩漬けにしても、完熟梅ならではの良い香りがしますね。時期をずらしながら生産されているので良い状態の梅干しを安定して購入できるのは消費者の方にも嬉しいことですね」。

天日干しを見学する塚原和食総料理長と樋口総料理長

天日干しは一度に約2000㎏の梅を3日間かけて行います。一粒ずつ乾燥の具合を確かめながら手作業で裏返し、その間に雨が降ればビニールシートを被せるなど根気のいる作業です。

「最近ではビニールハウスで干し、手入れが簡単なプラスチックのザルを使う所も多いです。私たちは天日干しや、保湿性が良く数日保管しても梅干しが変質しない木製の容器を使うなど昔ながらの方法で製造しています。理由として、皮は力を入れずにぷちっと噛み切れる食感、果肉は理想の柔らかさにこだわるためです」。

干し終わった梅干しをひと粒ずつ仕分ける様子

天日干しが終わった梅はこちらも一粒ずつ手作業で傷や大きさ、柔らかさなどを確かめながら7つのランクに分けられます。

わずかに付いた傷でもランクが落ちる

最高級のAランクに仕上がった梅でも皮に1㎜以下の小さな傷が3つ以上あればランク落ちするという徹底ぶりです。

樽詰めされた梅干し

仕分けされた梅を樽に丁寧に詰め、地下室で3ヶ月から12ヶ月熟成させると原材料が塩と梅のみの無添加、塩分濃度20%の梅干し「白干し」が完成。

「伝統的な紀州の南高梅の味に仕上げるには、オートメーション化はできません。手間は掛かりますが手作業にはこだわり続けたいです」と松本さん。

塚原和食総料理長は「現地に来ないと分からない、美味しさの秘訣がありますね。手間と時間を惜しまないという考えは和食でも共感する部分が多いです。手塩に掛けて作られた南高梅をどのような料理にしようかと、産地で考えるのも楽しい時間です」。

梅農家の長男として育った松本さんは、子どものころから畑仕事を手伝い、20歳で就農。
「収穫などが大変なのは当たり前と考えていましたが、実際に農家になると、それ以外にも苦労が多いことを知りました。就農当時は収穫した梅を全て加工業者に売る形態で利益は少なく、農業だけでは食べていけない。そこで2010年から加工や販売まで自分達で行うことにしました」。
生産、加工、販売まで行う6次産業化へ向け、まずは物置小屋を食品加工室へ改修することからスタート。

松本さんが開発した商品ラインナップ

昔ながらの白干しに加え、塩分の少ないはちみつ味、カツオ味、フルーツ味など時代のニーズに合わせた商品を開発。塩を学ぶためソルトコーディネーターの資格も取得したそうです。

初めは営業活動に苦戦するも好機が訪れたのがマルシェなどのイベントへの出店。こだわりや良さをお客様へ直接伝えるうちに次第にリピーターが増え、販売店のバイヤーの目にも留まり商品が売れ始めました。今では年間70日、福岡や東京まで各地へ出店し、若手を中心とした20名の従業員とともに事業を進めています。

松本さんは耕作放棄地の活用にも取り組んでいるそうです。

「御浜町でも耕作放棄地は増えています。梅の木は樹齢35年程で実りが悪くなるので、昨年耕作放棄地を購入して新たに梅を植えました。10年もすれば生産できるほど育つので古い畑の木の植え替えや新たな耕作放棄地の活用を行うなど、持続的な南高梅の栽培を目指しています」。

樋口総料理長は「新しい売り方、自由な発想で地域の伝統を未来へ繋いでいく。美味しいだけではないこだわりや想いを感じました」。
 

総料理長 樋口 宏江 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。
和食総料理長 塚原 巨司 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。 

海の幸と旬野菜 梅干しをさまざまな形で

すべて手作業で丁寧に作られている南高梅の梅干しの魅力を、味わいや香りを活かしたひと皿に。

樹上で完熟した南高梅の魅力である豊かな香りと上品な味は日本酒、梅干し、昆布、カツオ出汁を使い、日本料理で古くからある調味料の「煎り酒」をアレンジしたジュレ仕立てに。氷状のグラニテは白ワインに梅の香りを移し砂糖を加え、洋風の煎り酒をイメージ。
優しい酸味と旨味が食材の味を引き立て、爽やかな梅の香りと淡いピンク色で華やかさも演出しました。

湯引きした伊勢まだいの身で、柔らかな食感と旨味がある南高梅の果肉を巻くと爽やかな酸味が寄り添い白身の味が際立ちます。また夏が旬の車海老は軽く茹で甘さを引き出しました。
濃厚な味わいの嬉野大豆のピューレや塩ゆでしたアスパラガス、それぞれの食材がジュレとグラニテと調和する印象的な味わいです。

フレンチレストラン「ラ・メール」 ザ ベイスイート5F
ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30)

南高梅と夏野菜の寿司

夏に食べ頃を迎える様々な食材を、さっぱりとした酸味と甘味のある梅干しと合わせた二品です。

寿司の酢飯には酸味が強い紫蘇味とマイルドな甘味のフルーツ味、2種類の梅肉を混ぜ込み米の旨味を引き出しました。また醤油に代えて、食材が持つ本来の味を感じられる「煎り酒」を添えます。煎り酒とは江戸時代に醤油が普及するまで使われていた調味料で日本酒、梅干し、昆布、カツオ節、煎り米を煮立て作ります。昆布締めにして旨味を加えた鱧の身を棒状に成形し、煎り酒とともに味わっていただくと鱧の甘味が広がります。

野菜の寿司は軽く塩茹でしたアスパラガス、酢漬けの新生姜、浅漬けのなすなど旬の味覚をさっぱりと。細巻寿司は伊勢まぐろやイカを梅肉とともに巻きました。

清水仕立て 鱧葛打ち

カツオ出汁でさっと煮ることで塩味が抜け旨味が増した梅干しを、湯引きした鱧に合わせ上品な味わいに仕上げた椀も梅が際立つひと品です。

6月〜8月の「山紫水明」「匠」などでご提供する予定です。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
和食「浜木綿」 ザ ベイスイート4F
ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30)
ご昼食 11:30-13:30 (L.O.13:00)
※ご昼食は4名様から。1週間前までのご予約制。

 
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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