地域が愛でる糀と味噌
伝統の力
志摩時間 2024年秋号より
志摩市の西側に隣接する度会郡南伊勢町(わたらいぐんみなみいせちょう)。
風光明媚なリアス海岸が続き、漁村や里山を合わせた38の集落が点在しています。
樋口総料理長、塚原和食総料理長、栗野料理長と、山から谷に流れる恵みの水で代々米を育て、米糀や味噌を生産する庄下糀屋を訪ねました。
日本の食文化でもある味噌を始めとした発酵食、その要となる糀づくりを受け継ぎ、自然とともに仕事も暮らしも前向きに楽しむ若手農家との交流をお伝えします。
糀を米から、米は種から作るこだわり。
集落の小路を抜け、山間の小さな谷に広がる田園に到着すると山からの涼しげな風が流れています。
この日案内いただいたのは庄下糀屋の5代目、庄下真史(しょうか ただし)さん。
庄下糀屋で作る米は全てコシヒカリで年間約8トンを生産しています。「夜は寒く昼は暑い。ここは気温の寒暖差があり土壌が粘土質なため、甘く粘りのある米ができます」と庄下さん。
水路を勢い良く流れる水に手を触れた樋口総料理長は「気温に比べて水が冷たい。ここは良い米が育つ気候風土が揃っているのですね」。
水路の上流には畑や人工物などがなく、山から引いた押渕川の清らかな水で米を育てているそうです。
「幼いころは農作業をする祖母についていき、田んぼでは虫を捕まえ、やってくる鴨や白鷺の声を聞き、夜には一面に広がるホタルを眺めていました。田んぼが減ることで川から引く水が減り、生き物も少なくなった。耕作地を増やすことは元々あった豊かな自然を取り戻すことにも繋がります。田んぼで作った米も、糀として加工するので無駄がないんです」。
また庄下糀屋では米の苗も購入することなく、種から作るというこだわりがあります。
「昔から自分達で種を採り、苗に育てて田植えをしています。ばあちゃんや先祖が代々大切にしてきたことを引き継いでいます」。
田んぼから戻ると、庄下さんの奥様お手製の冷たい甘酒を用意してくれました。砂糖を使わない自然な甘さに皆さんほっと一息。
栗野料理長は「ほんのりと甘くてさっぱりとした味ですね。米や糀の甘味と水の美味しさでしょうか。クリアな味わいです」。
この地で生まれる味を、守り続ける。
糀づくりは9月に収穫した米を使い、10月から始まります。精米、洗米をした米は浸水、水切りをして約30分蒸します。蒸した米を人肌まで冷まし、種菌を満遍なくふりかけます。その後、室温30度、湿度80〜90%に保った室(むろ)に入れます。
一晩おいた米は、手で米粒をほぐす作業を行います。次にこうじ蓋という容器に移し替え、稲藁で編んだ菰(こも)を被せて、菌を繁殖させることで糀ができあがり、それを乾かすと「乾燥米糀」となります。
「室の温度や湿度の調整、発酵具合の確認など1日2回のチェックが欠かせません。多い時で一度に250キロを醸しますが家族経営なので人手が足りず大変な時もあります」と庄下さん。
外気温が30度を超える夏場を除き、糀づくりは1年を通して行われるそうです。
豆味噌は大豆、豆麹、塩、水が原料ですが、庄下糀屋では甘味と旨味を出すために米糀も加えているそうです。
「味噌の自主的な発酵を促すために撹拌は週に1回程行い、1年間長期熟成させた豆味噌です。味噌の味が濃く、豆の風味と塩味があるので地元の方からは『味噌汁はこの味じゃなきゃ』という声も多くいただきます。町外に嫁いだ娘さんへこの味噌を送る親御さんもいますよ」。
庄下さん家族ももちろん自家製の味噌を毎日いただくのだそう。「味噌は抗酸化物質、アミノ酸、酵素なども含む健康的な食品。1日に1回は味噌汁を食べるようにしています」。
継承の秘訣は、日々の暮らしを楽しむこと。
庄下糀屋では若い5代目夫婦ならではのアイデアで糀を現代の食文化に合わせ取り入れる活動も行っています。
庄下さんの妻、千種さんは2年前から糀を使った料理教室を開き、地域の方に糀の様々な楽しみ方を伝えています。
庄下さん夫婦が開発した「万能糀」を試食をした塚原和食総料理長、「この味は米や出汁と合わせて使いたいですね」と話すと栗野料理長は「旨味が深いので肉味噌の様に使うと、松阪牛の脂の甘味にも合いそうです」と会話が弾みます。
最後に農家や糀屋として、庄下さんが考える将来について尋ねました。
楽しんで仕事をしながら糀の魅力を伝えたい
「息子が通う小学校で生徒それぞれの夢の発表がありました。サッカー選手やパティシエというなかに『農家』と力強く書かれた息子の字があったんです。理由を聞くと私が楽しそうに仕事をしているから、と。
思い返すと私も楽しそうに働く祖母を手伝うなか、自然と仕事を覚えていきました。代々受け継がれた家業でもある糀づくりの魅力は、次の世代にも伝えていきたいです」。
総料理長 樋口 宏江 | 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。 |
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和食総料理長 塚原 巨司 | 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。 |
リアン・山吹 料理長 栗野 正也 | 2020年志摩観光ホテル鉄板焼山吹料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼を提供。 |
総料理長がお届けする秋の料理 樋口宏江の料理ストーリー
フレンチレストラン「ラ・メール」 | ザ ベイスイート5F ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30) |
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和食総料理長がお届けする夏の料理 塚原巨司の料理ストーリー
糀田楽焼き
米味噌の味噌汁
庄下糀屋で清らかな水、米が作られる田んぼと、糀の美味しさの源を見せていただいたことが印象に残りました。糀も味噌も米との相性が良い食材。素材を活かし、ストレートに味わっていただきたいと考えました。
糀田楽焼きは、白米に万能糀を乗せ、湯引きをした伊勢海老とうずらの卵を合わせます。醤油や野菜が溶け込んだ万能糀はコクと甘味があり、卵のとろみや生の伊勢海老の食感など、それぞれの味わいが米を包み込みます。食べ進める中で味に変化をつけるひと工夫を。
志摩産かつおぶしと伊勢海老で取った温かい出汁を注いだ伊勢志摩の海鮮茶漬けです。伊勢海老出汁の華やかな香りと、出汁で程良く火が入った伊勢海老の身を贅沢にお愉しみください。庄下糀屋の豆味噌と米味噌をブレンドしたあおさの味噌汁も合わせ、地域の方々に愛されてきた歴史に想いを馳せました。
9月〜11月の「秋の御食つ国会席」でご提供する予定です。
※入荷状況によりご用意できない日があります。
秋の御食つ国会席
漁期を迎える伊勢海老を始め、伊勢いも、庄下糀屋の糀を取り入れ季節の素材で仕立てた秋の御食つ国会席です。
実りの季節を感じる土瓶蒸しは秋に脂が乗る鱧や松茸、肉厚で濃厚な味わいの松阪産原木椎茸を加えました。伊勢まだいの黄金煮は菊の飾り切りを施した大根とともに。上品な甘さが際立つ伊勢海老の姿造りを中心とした魚介の造り、伊勢海老の雲丹焼と伊賀牛の糀焼きは香り良く。味わい深い新そばは、粘りと風味が強い伊勢いものとろろと海老そぼろでお愉しみください。
季節の料理一題は松阪牛を原木椎茸などのきのことともにいただく小鍋、蒸し鮑ときのこの天ぷら、伊勢海老の焼き霜のいずれかで。また食事は、伊勢海老を始めとした魚介のにぎり寿司、伊勢海老出汁を添えた伊勢海老糀田楽ご飯、黒毛和牛と熊野地鶏の温寿司からお選びいただけます。
秋の御食つ国会席
9月1日(日)〜11月30日(土)
¥35,000 ※料理内容は月替わりとなります
和食「浜木綿」 | ザ ベイスイート4F ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30) ご昼食 11:30-13:30 (L.O.13:00) ※ご昼食は4名様から。1週間前までのご予約制。 |
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鉄板焼「山吹」料理長がお届けする秋の料理
栗野正也の料理ストーリー
松阪牛 米糀 朴葉焼
深まる秋に、庄下糀屋の万能糀をアレンジした鉄板焼料理。松阪牛を朴葉焼風に味わうひと品です。
熱した鉄板に朴葉を置き、そぼろにした松阪牛と万能糀、実山椒や生姜を合わせたペーストを敷きます。すき焼き風の割り下で軽く煮た原木椎茸と、割り下に潜らせ、鉄板でさっと焼いた松阪牛のサーロインを重ねたら白ねぎと紅葉天ぷらを飾ります。
鉄板では肉厚な原木椎茸の旨味と松阪牛のとろける食感、熱が加わり香ばしさを増した糀ペースト。それぞれの美味しさに加え、朴葉のほのかな香りが食欲をかき立てます。また味噌ではなく糀を使うことで塩分を抑えつつ、コク深さや旨味が加わり、味わいでも秋らしさを演出しています。
9月〜11月の「秋の味覚ペアディナー」でお召し上がりいただけます。
お二人様 ¥70,000
鉄板焼レストラン「山吹」 | ザ クラブ2F(要予約) ランチ(土日限定) 11:30-13:30(L.O.13:00) ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30/前日 20:00まで) ※水曜日定休。 ※ランチは4名様から。1週間前までのご予約制。 |
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志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。