三百年の伝統野菜 伊勢いも
伝統の力
志摩時間 2024年秋号より
樋口総料理長、塚原和食総料理長、栗野料理長と伊勢いも生産の中心的な組織である「JA多気郡伊勢いも部会」の農家さんを訪ねました。
そこには地元の伝統野菜を絶やさない努力と、伊勢いもに愛情を注ぐ生産者の姿がありました。
三重県の中央部に位置する多気(たき)郡、多気町は珍しい地理的特徴がある場所です。
関東から九州にかけ地層を2分する中央構造線が通ることで、異なる地質の土壌を持ち、多様な農作物が作られてきました。
「多気」という地名の語源には多くの食物が育つ土地を表す古語「多木」や、水が湧き出す様子を表す「たぎる」という説もあります。
恵みの風土と農家の根気で育つ、伊勢いも。
一級河川「櫛田川(くしだがわ)」の恵みを受けた田園が広がる津田地区。
畑に到着すると「JA多気郡伊勢いも部会」の部会長、梅村斉(ひとし)さん、副部会長の中西勝美(かつみ)さん、新規就農者の小川忠康(ただやす)さんが迎えてくれました。
「私達は米と伊勢いもを交互に育てる輪作を行っています。伊勢いもは連作障害の防止や滅菌効果がある、稲作を行った水田を使い13ヶ月掛けて生産します。そして翌年の生産は別の水田で伊勢いもづくりを行います」。
9月には稲刈りが終わった田んぼを伊勢いも畑にするため、土づくりを行います。
必要な肥料を混ぜて耕し、準備ができたら畝(うね)を作り、畑の外周にも深さ30㎝程の溝を掘り、水捌けを良くする工夫を施しています。
中西さんの作業を見学する樋口総料理長
3月になると昨年収穫した伊勢いもから選抜した種芋を土に植え、5月からは蔓を巻き付ける支柱を立てます。支柱は、竹を切った手作りで、長さや太さもきれいに揃えられており、丁寧な仕事ぶりが伺えます。
毎年、畑1枚につき2千本もの支柱を作ると聞き、樋口総料理長は驚きの様子。
梅村さんは「伊勢いもは雑草があると栄養が行き届かなくなるので、日々の草抜きは欠かせません。支柱を立て蔓を土から離すことで雑草を取り除きやすくしています。また風通しも良くなるので葉に害虫が付くのを防ぐ効果もあります。
伊勢いもは害虫に弱く、葉の色が変色したらすぐに対処しないと1週間ほどで畑が全滅してしまいます。さらに隣りの畑にも広がるので毎日の観察がとても大切なんです」。
伊勢いもが持つ、唯一無二の味わい。
畝の上に防草や湿度を保つための稲藁を敷き、5〜6月頃になると、成長した何本もの蔓から1本だけを残し、ほかは根元から抜きます。
中西さんは「複数の蔓があると小さな伊勢いもがたくさんでき、大きく育たない。ひとつに栄養を集中させるんです。この作業を『芽かき』と呼ぶのですが暑い中、畑のすべての蔓に手作業で芽かきを行うので手間も時間も掛かります」。
夏場は暑さを避けるため、早朝と夕方に草抜きや芽かき、害虫の確認などを行うのが日課だそうです。
丹精を込めて育てられた伊勢いもは10月に収穫を迎えます。
初物は皮が柔らかく機械で掘ると傷が付くため一つひとつ手掘り。梅村さんは初物の味でその年の出来を確かめるそうです。
梅村さんと談笑する樋口総料理長と塚原和食総料理長
小川さんにもおすすめの食べ方を尋ねると「お好み焼きですね。ふわっと仕上がり、熱を加えると風味も良くなるので美味しいですよ」。
栗野料理長は「以前、鉄板焼きですりおろした伊勢いもを焼いたら、とても香ばしく仕上がりました。この風味は伊勢いもならではですね」
生産者さんと料理人の皆さんの伊勢いも談議は尽きません。
人々の助け合いと工夫で、伊勢いもを未来へ。
JAの「伊勢いも」部会は現在20名でその内60代以上の方々が14名です」。日々、草抜きなどの手作業が必要な伊勢いも栽培では若手の皆さんが協力して負担の大きい作業をサポートしているそうです。
大変な作業の上、このまま生産者の高齢化が進むと、伊勢いもの栽培ができなくなると考え、8年前からは多気町役場も加わり「伊勢いも振興プロジェクト」が発足。プロジェクトでは、地元相可(おうか)高校の生産経済科や三重大学とも連携し、じゃがいも掘り機を伊勢いも用に改良するなどの機械化や、防草マルチシートを取り入れるなど手作業の省力化を実現しました。
加えて新規就農者の育成も行い、新たに3名が専業農家となり、また家庭菜園でも5名程が伊勢いもの栽培を始めたそうです。プロジェクトは昨年終了しましたが、次の目標である「販売促進」に向けて、現在準備を進めているそうです。
プロジェクトをきっかけに8年前に就農したという小川さんは「農業は全くの未経験でした。伊勢いもづくりは機械化できない手作業が多く、就農した当初は想像していた以上に大変でした。今では丁寧に指導してくれた先輩農家の皆さんに感謝していますし、みえの伝統野菜である伊勢いもを作っていることに、やりがいと誇りを持っています」。
恵まれた土壌で生産者さんがたっぷりの愛情を注ぎ、大きく育つ伊勢いも。樋口総料理長は「300年以上の歴史の中、努力によってその味が守られているのを知りました。豊富な栄養で、食す人に元気を与える魅力的な食材ですね」。
総料理長 樋口 宏江 | 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。 |
---|---|
和食総料理長 塚原 巨司 | 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。 |
リアン・山吹 料理長 栗野 正也 | 2020年志摩観光ホテル鉄板焼山吹料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼を提供。 |
総料理長がお届けする秋の料理 樋口宏江の料理ストーリー
フレンチレストラン「ラ・メール」 | ザ ベイスイート5F ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30) |
---|
和食総料理長がお届けする秋の料理 塚原巨司の料理ストーリー
伊勢いも 雲丹羹 山掛け 九十九煮
滋養に富んだ伊勢いもを、古くから伝わる和食の調理法を活かした様々な味でお愉しみいただけます。
伊勢いも雲丹羹(うにかん)は、すりおろした伊勢いもに昆布だしを合わせ、そこに蒸した雲丹を入れ少量の寒天で固めます。生ならではの伊勢いもの粘りや風味に、雲丹の旨味と磯の香りがよく合います。
伊勢いもの山かけは、伊勢まぐろの漬けにすりおろした伊勢いもとうずらの卵を盛り付けます。伊勢いもはつなぎを使わず、素材が持つ強い粘りと風味そのままに伊勢まぐろの赤身のしっかりとした旨味を卵と包み込みます。
車海老と伊勢いもを使った九十九煮(つくもに)は、すりおろした伊勢いもで車海老を包み、高温の油でさっと揚げます。かつおだしと醤油、砂糖で調味した出汁で炊くと、車海老に伊勢いもの香りと食感が重なり味わい豊かなひと品に。伊勢いもの魅力を様々にお愉しみください。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
和食「浜木綿」 | ザ ベイスイート4F ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30) ご昼食 11:30-13:30 (L.O.13:00) ※ご昼食は4名様から。1週間前までのご予約制。 |
---|
鉄板焼「山吹」料理長がお届けする秋の料理
栗野正也の料理ストーリー
伊勢いもと伊勢まぐろ
あおさのとろろ焼き
力強い伊勢いもの粘りや風味、熱を加えることで生まれる食感の素晴らしさを感じていただきたいと考案しました。
すりおろした伊勢いもにかつおだしとあおさを加えます。鉄板に広げ、ゆっくりと焼いていくとあおさの香りとともに伊勢いもがふっくらとしてくるのが分かります。そこに漬けにした伊勢まぐろを乗せ、焼き色が付いた伊勢いもで巻いていきます。香ばしい表面と中のとろりとした食感、そしてレアの伊勢まぐろが絶妙なバランス。伊勢いものしっかりした味わいとあおさの風味も全体をまとめてくれます。シンプルに仕上げることで、素材の魅力を引き出しました。お好みでワサビを付けてお召し上がりいただくのもおすすめ。三重の大地と海の恵みが調和したひと皿です。
鉄板焼レストラン「山吹」 | ザ クラブ2F(要予約) ランチ(土日限定) 11:30-13:30(L.O.13:00) ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30/前日 20:00まで) ※水曜日定休。 ※ランチは4名様から。1週間前までのご予約制。 |
---|
志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。