三重県指定伝統工芸品

志摩時間 2023年冬号より

三重県指定伝統工芸品である「伊勢一刀彫」は、正月の縁起物の干支、伊勢ゆかりの縁起物として知られる「神鶏」やカエルなどを象った、美しい木目と風合いが特徴の木彫です。全国から何日も掛けて伊勢神宮への参拝者で賑わっていた江戸時代に、宮大工が伊勢神宮の御材木でえびす大黒などを彫り始めたことが起源とされています。当時、御守の種類が少なく、宮大工が大工道具の刃物で彫り上げた作品を御守とし「伊勢一刀彫干支守」へと発展していきました。

今回、全国の神社などに一刀彫を納める「三重県伝統工芸 伊勢一刀彫継承作家」のおふたりと若手世代の伊勢一刀彫職人にお話を伺いました。そこには伝統工芸品でありながら、職人それぞれの作品づくりへの想いと世界観がありました。

工房で伊勢一刀彫の魅力について語る泉さん

伊勢市内にある伊勢一刀彫の工房に着くと、木の良い香りに包まれます。「一刀彫に使う楠の香りですよ」と教えてくれたのは「三重県伝統工芸 伊勢一刀彫継承作家」の泉 廣典(ひろふみ)さん。その道一筋44年、神社専門の一刀彫職人です。

泉さんに作品ができるまでの工程を教えていただきました。

工房の1階には材料となる楠の木材。刃を入れることを想定した木の目の向き、木の状態などを確認します。木の質感を活かす一刀彫りのため、仕入れた木材のうち作品に使えるのは6割程度だそうです。
選んだ木材に作品の型を記したら機械で大まかに切り出します。切り出す作業も正確で手早く、あっという間にたくさんの木片が積まれていきます。

迷い無く面を刻んでいく

ここから仕上げまではまさに職人技。
水に浸けた木の塊にどんどん刀を入れて行きます。

一つの作品が完成するまで、小型の物ならわずか6分。ザッザッザッとリズミカルに木を削る音が工房内に響きます。

「考えるのではなく、一定のリズムで刻んでいく。毎年6月から干支づくりが始まり、最初の2週間で彫る順番や力加減を身体に覚えさせます。一番良い彫りの型ができたらその後は無心で彫っていきます」。

工房には様々な刀が並びます。短い期間で大量に彫り上げるためには、道具の手入れも欠かせないそうです

正月までに大小様々な約1万3千体の干支守を彫るという泉さん。時にスランプに遭遇することも。

「リズムが狂い、制作が思うように進まない時期もあります。そんなときは意図的に彫る順番を変えてみるんです。調子が戻ってきたら本来の彫りの型に戻していきます。スポーツ選手の感覚に近いかも知れませんね」。
 

そんな泉さんが感じる、伊勢一刀彫の魅力とは。「作品の面数をいかに少なくしながら、モチーフの特徴を引き出せるか。わずか一刀で作品の表情や印象ががらりと変わるのが面白いですね。シンプルを極めようとする日本人の美意識に合った工芸品だと思います」。

面数が少なく、刀を入れた勢いがダイナミックに表現され、キリっとした表情が特徴の泉さんの作品

まるで一つの木の塊に魂を宿すような仕事。「森羅万象、万物に神が宿るという日本人の精神性が出るのが伊勢一刀彫です。また神に捧げるものなので、人の手を掛け過ぎず潔く彫り、木という自然の清らかさを活かすことを何より大切にしています」。

彫刻刀を握ると表情が引き締まる岸川さん

続いて訪れたのはもうひとりの「三重県伝統工芸 伊勢一刀彫継承作家」、岸川行輝(ゆきてる)さん。岸川さんの工房に着くと、優しい笑顔で迎えてくれました。

子どもの頃から絵を描くのが好きだった岸川さんはその才能を評価され中学生で師匠に出会い、卒業と同時に伊勢一刀彫の世界に入ったそうです。

繊細な刀使いで迷いなく彫り進めていく

「師匠は話が好きで、自由な作風を好む人でした」。

穏やかに話す岸川さんですが、いったん彫り始めると雰囲気は一変、室内は緊張感に包まれます。「彫っているときは何も考えていません。無の境地です。迷っていたら作品は作れません」。
 

龍の細かな模様が美しく施された仏像

岸川さんは一刀彫の他にも、神社仏閣から仏像や神像の依頼を受けています。自らデッサンを描き、丁寧に形を考案します。「頭の中では仏像や神像の姿が360度イメージできていて、その通りに彫っています。自分が彫ったものに何十年、何百年と想いを込める人たちがいることが私の作品づくりの原動力です」。

柔らかくて優しさのある表情が特徴の岸川さんの作品

岸川さんは、今までに4名の弟子を持ち、自身が育てられたように自由に、個性を生かした作品が作れるよう指導したと言います。そんな岸川さんに次の世代の伊勢一刀彫職人に伝えたいことを尋ねました。

「伊勢一刀彫の良さは伝統工芸品でありながら、好きな形に彫れることです。私も伝統にこだわり過ぎないようにしていますし、師匠の作品も伊勢根付の丸みのあるデザインを取り入れるなどオリジナリティがありました。受け継いでいく人たちには時代に合わせた自由な作品で、伊勢一刀彫の名を守り続けて欲しいです」。

最後に、職人であることについての岸川さんの想いを話してくれました。「職人というのは自分の技を磨き続けたいものです。そしてその技を形に残したい。江戸時代に一刀彫を彫っていた宮大工も、きっと自分の技を自慢したかったのかも知れませんね」。


微笑む岸川さんの作品は柔らかい印象ながら強く惹きつけられる魅力があります。形にとらわれず、感性を大切にしてきた岸川さんのこだわりが表れている様です。

心地良く集中する時間、伊勢一刀彫つくり。

志摩観光ホテルの宿泊者限定アクティビティ「伊勢一刀彫つくり」の講師を担当するのは、伊勢一刀彫職人の太田結衣(ゆい)さん。

岸川さんの弟子でもある太田さんの作品は、ほっこりするような愛らしさのなかに一刀彫独特の潔さを感じます。

「伊勢一刀彫を表現するには、一刀両断という言葉が適していると思います。一刀の刻みが、そのまま作品の表情になるところが魅力ですね。その愉しさを、ぜひお客様にも体験していただきたいです」。

簡単そうに見えて、意外と難しい一刀彫ですが、上手く刃が木を捉えたときの感覚に喜びを感じるお客様も多いそうです。「木の香りに癒されながら、作品を眺めるだけでなく自らの手でつくることで、伊勢一刀彫の魅力を届けたいと思っています」。

それぞれの作品に個性がでるのも伊勢一刀彫の魅力のひとつ。「ワークショップでは同じように彫りますが仕上がりは皆さん違います。また、最後にご自身で目を描いてもらうので、その作業でさらに表情が生まれ、自分の作品に愛着を感じるようです」。

ほかにも太田さんのワークショップではだるまの絵付けや、一刀彫を作る工程で生まれる端材を活用したアロマウッド彫り体験など、新しい視点や感性を活かした一刀彫の魅力を発信しています。

作品を見る度に旅の思い出がより深くなり、伊勢志摩の文化や自然、ホテルでのひと時をいつも身近に感じられます。

申込み 要予約(宿泊予約またはフロントスタッフまで)
開催日時 ホテルホームページ、アクティビティカレンダーにてご案内します。

 
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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