清流で育つ美食

志摩時間 2023年冬号より

紀伊山地に位置する大台町は、国土交通省の一級河川水質調査で2006年から6年続けて1位を獲得した清流、宮川が山間に流れ、町全体がユネスコエコパークに指定されている自然豊かな里山です。お茶や柚子、近年ではエゴマの生産も盛んに行われています。

宮川の源流、始神川(はじかみがわ)が流れる神滝地区(こうたき)ではオーシャン・トラストが手掛けるスタージョンロハスという事業所があり、自然環境に優しいアクアポニックスという仕組みを応用した独自技術でチョウザメの養殖とクレソンの水耕栽培を行っています。

自然豊かな地域にある養殖施設

宮川の源流、始神川(はじかみがわ)が流れる神滝地区(こうたき)ではオーシャン・トラストが手掛けるスタージョンロハスという事業所があり、自然環境に優しいアクアポニックスという仕組みを応用した独自技術でチョウザメの養殖とクレソンの水耕栽培を行っています。

チョウザメは背の部分にある硬鱗(こうりん)が蝶(ちょう)に、容姿が鮫(さめ)に似ていることから、日本では主に「チョウザメ」という名で知られていますが鮫ではありません。
海外では「スタージョン」と呼ばれロイヤルフィッシュと賞される高級魚であり、チョウザメの卵であるキャビアも然る事ながら魚としての評価も高く、フランス料理ではスタージョンは美食として扱われています。
 

透き通った水で育つスタージョン

樋口総料理長、塚原和食総料理長、杉原シェフソムリエが訪ねたスタージョンの養殖施設。光量を調節した部屋の中には成長による個体差に分けられた8個の水槽があります。

代表の辻 良(つじ りょう)さんにお話を伺いました。
「スタージョンは、世界中で養殖されている淡水魚で28種類ほどいます。この養殖場では最高級のキャビアが採れるベルーガ種の血筋を持つ『ベステル』という種類を育てています」。

生後半年のスタージョンの子ども

10㎝程の稚魚を仕入れ、約3年で3㎏まで育つオスは身を出荷。メスは7〜10年でキャビアと身を出荷します。出荷の6ヶ月前からは大台町産のエゴマの絞りかすを配合した餌を与えることで、さらっとした脂の身質に育てるなど味へのこだわりも徹底しています。

実は辻さんの前職は養殖マグロ専用の配合飼料を世界で初めて開発した企業のエンジニア。伊勢まぐろの開発にも携わったキャリアを持ちます。辻さんに美味しさの秘訣を伺うと「日々魚にストレスを与えないよう育てること、出荷時の神経締めや血抜き等、鮮度保持の技術が味を左右します。海の魚と同じですね」。

話にうなずきながら塚原和食総料理長は「水槽の水が透き通っていて臭いもない。自然に近い環境を作り出し陸上養殖を行っているんですね」。

水源である始神川

水槽には始神川の水源を使用。上流に人工物がない場所のため水質も良く、さらに目に見えない70ミクロンの不純物までろ過された水がスタージョンの水槽に運ばれています。

水質が良いことももちろん、その他にも理由があると、この地が養殖場に選ばれた理由について辻さんが教えてくれました。

「スタージョンの養殖には最適なpH(ペーハー)やミネラルなどの条件が必要です。約半年間、その水質の川を探して調査を続けていました。地元三重で始神川の水に出会えたのは奇跡だと思います」。
 

辻さんがマグロ養殖の仕事で滞在した海外のホテルやレストランでは、スタージョンが日常的に食材として使われていたそうです。「日本では鮫と勘違いされ、あまり食されないのですが実はとても栄養価が高く、美味しい魚なんですよ」。

樋口総料理長も「別の地域からスタージョンを仕入れたことがあります。確かに美味しい魚でふぐやクエに近い食感と味わいでした」と話します。

「スタージョンは日本ではまだ十分に知られていない状況です。良質な水で育て、これから食べる魚としての評価を上げたいです」と語る辻さん。

生でも美味しいというスタージョンの自家製の燻製を試食したみなさん。
杉原シェフソムリエは「臭みもなく食感も良い。シャンパンや爽やかな酸味を持つドライな白ワインが合いそうですね」。

アクアポニックの方法で育てられるクレソン

養殖の水槽が並ぶ施設に隣接するビニールハウスでは、クレソンが水耕栽培で育てられています。
スタージョンの水槽で使われた水はバクテリアが排泄物を分解することで栄養素になり、クレソンの肥料として活用します。

このように養殖業と農業を両立させる「アクアポニックス」はSDGsの観点から世界中で増えています。また、辻さんは、施設で使い終えた水も不純物をろ過し、川に戻すなど環境への配慮も大切にしています。

最後に辻さんの展望をお聞きしました。

「近所の方が養殖場の前の道を『キャビアロード』とユーモアも交えて呼んでくれるんです。いつの日か多くの人にそう呼んでもらえるよう事業の知名度を上げることが目標。また、事業開始に協力してくれた大台町の産業として雇用の創出にも繋がればと思っています」。

左から辻さん、樋口総料理長、塚原和食総料理長、杉原シェフソムリエ。

樋口総料理長は「食材としてのスタージョンへのこだわりだけでなく、自然への優しさや地域への感謝の気持ちが取り組みにつながっているところが素敵です。食材としてのこれからの可能性も感じますね」。

スタージョン ふたつの味で。

辻さんがこだわって育てたスタージョンの身の美味しさ、上品な味わいを感じていただけるよう、ふたつの調理法でご用意しました。

生のスタージョンの身のクセのないクリアな味は、本来の美味しさはもちろん、水質の良さという環境と辻さんの技術による餌へのこだわりだと感じました。同じく宮川の清流で育つわさびとアクアポニックスで栽培される生のクレソンをオリーブオイルと合わせてお召し上がりください。

オーブンで焼いたスタージョンの骨と皮で取ったブイヨンは、軟骨や皮から出るゼラチン質がスープに溶け出しまろやかな風味。熱々のスープを身に注ぐと程よく火が入り、旨味が増し、食感も感じられます。

新たな三重県産の食材と出会い、生産に携わる方の想いと自然の可能性を感じました。

12月〜2月の「デギュスタシオン」コースでご提供する予定です。
※入荷状況により提供期間が変わる場合があります。
フレンチレストラン「ラ・メール」 ザ ベイスイート5F
ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30)
※現在営業時間を一部変更しています。

 
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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