食の未来に、革命を。
歴史を知り未来を描く
志摩時間 2023年夏号より
ポモナファームで栽培されるトマトを手にする樋口総料理長とCEOの豊永翔平さん
多気郡多気町丹生(にゅう)地区は江戸時代、世界灌漑(かんがい※)施設遺産に登録されている立梅(たちばい)用水が整備され、農村として発展した場所です。
多気という地名は、多くの食材ができる土地である古語の「多木」に由来するとも言われています。
※灌漑=農作物を育てるために必要な水を、人の力で農地に供給すること
そこには2017年の開業から一貫して「美味しさ」にこだわりながら、新たな発想と様々な技術で農業の未来を創造する真摯な姿がありました。
美味しさと持続性を兼ね備えた、新しい農法。
ファームにあるビニールハウスでは「Moisculture(モイスカルチャー)」という湿度で育てる技術(湿耕栽培)で野菜を生産しています。
その技術は豊永さんが代表を務めるアグリテックベンチャー企業「CULTIVERA(カルティベラ)」が開発した栽培技術です。モイスカルチャーとは野菜が栄養を吸い上げる〝根〟に着目した栽培方法で、特殊な繊維でできた人口培養シートの空間で湿度をコントロールし、気化した水分で根を成長させるものです。
豊永さんは「トマトを最小限の水分で育てることで生きようする力が強くなり、野菜本来の生命力を引き出すことができます」。と話してくれました。水分を求める力が強いトマトは、旨味成分であるアミノ酸量が増え、糖度も高くなり、味の濃さや香りの強さにもつながるそうです。
栽培中の繊維を見せてもらうとびっしりと張り巡らされた根からは力強さを感じます。「農家が目指す農作物の〝根〟を、テクノロジーで作り出しています」と豊永さん。
豊永さんにモイスカルチャーを実践する理由を尋ねました。
「私たちが取り組んでいるのは、未来に目を向けた農業です。今、世界では気候変動で水不足や塩害などで作物を育てられる土壌が減り、肥料やエネルギーのコストも上がっています。さらに人口に対して農業をする人も減り続けています。これらを解決するアイディアとして、例えばモイスカルチャーでトマトを育てた場合、水は土壌栽培の約10%で足りて廃液もゼロ、冷暖房などのエネルギーは太陽光で賄えます。また、この技術で使う特殊な繊維などは半永久的に使えて土壌も不要です。従来型農業に必要だった水源、エネルギー源、土壌の確保から解放されることで、都市や農業に適さない地域でも農産物の生産が可能になります」と力強く話してくれました。
夢を追う力が農業を支える
海水で育てるマイクロリーフ
生産を担当する循環型農業推進部の中山美流(なかやま みる)さんにお話を伺いました。
「栽培に成功したアマランサスなどのマイクロリーフの原産は沿岸部。海水に対応できるDNAが残っているのでその特徴を活かし育てることができましたが、山が原産である紫蘇(しそ)などの植物は風味が飛んでしまい、苦味も強くなるため生産に向きませんでした。」
海水生産ではトマトも実験段階で成功していることから、豊永さんは「世界で二番目に生産量が多い野菜であるトマトは栽培に大量の水が必要です。海水で栽培できれば海上でも作れる。新しい農法を取り入れるだけでなく、その先にあるビジョンを持った若いスタッフと研究や生産を進めています」とこれからの展望を説明してくれました。
地元の高校で農業を学びポモナファームに就職した中山さんはマイクロリーフ栽培の責任者として充実していると話します。「将来はバイオマスなどを使った循環型農業で多気を食で有名にすることが目標。ここで働くスタッフはそれぞれに自分の夢があり、共通のテーマが農業なんです」。
塚原和食総料理長は「地元で長年素晴らしい食材を作ってきた方々が、環境の変化や後継者不足で辞めてしまうというお話も聞いています」と話すと「例えば地域の特産品もモイスカルチャーの生産に切り替えることで生産量と質が安定し、持続的な栽培や雇用に繋がる可能性も考えています。現在、地元の相可(おうか)高校と伊勢いもの栽培をしたり、海藻などの海の資源の代用で野菜の出汁として使える唐辛子の生産にも挑戦しています。
農業は苦労や大変な仕事というイメージがありますが、新たな視点や技術を取り入れ、価値観が変われば、もっとやってみたい仕事になると思っています」。
古を知り未来を描く
豊永さんに農業を志した理由を聞きました。
「大学では考古学を専攻し、カンボジアで研究をしていました。遺跡の研究をする中で、文明の衰退の理由のひとつが気候変動などによる食糧難だと分かったんです。そこから人間の争いは始まり文明が滅びていく。気候変動が起きている現代や将来を考えたとき、今必要なのは世界規模での持続可能な農業なのだと行き付いたのです」。
そして豊永さんは未来への想いも語ってくれました。「古代文明を支えた穀倉地帯の多くはレイラインと呼ばれる場所、北緯34度30分線上にあり、そこは日照時間が長く地理的にも豊かな場所だったといわれています。実はポモナファームもこのレイライン上に作りました。ですが、開業1年目は大雨による水害でほとんど収穫できませんでした。熱帯地域ではなく農業に向いている場所であるはずなのにと、この状況に愕然としました。
樋口総料理長は「歴史を学び、未来と向き合うからこそ新しい発想が生まれる。今まで地元の食材にこだわってきましたが、それだけでは続かない。これからの農業の在り方を知ることができたのは大きな学びでした。私たち料理人にも必要な視点ですね」。地球を想う直向きさと「美味しい」野菜を作る情熱が、未来の〝食〟を明るい方向へ導き始めています。
総料理長 樋口 宏江 | 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。 |
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和食総料理長 塚原 巨司 | 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。 |
シェフソムリエ 杉原 正彦 | 2011年全日本最優秀ソムリエコンクールセミファイナリストなど数々のコンクールで入賞。伊勢志摩サミットでは、日本ワイン選考委員会メンバーと飲料サービス責任者を担当。JSAソムリエ・エクセレンス。 |
リアン・山吹 料理長 栗野 正也 | 2020年志摩観光ホテル鉄板焼山吹料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼を提供。 |
総料理長がお届けする夏の料理 樋口宏江の料理ストーリー
トマト、マイクロリーフ、松阪牛
未来を見据えた農業に取り組むポモナファームで作られるトマトとマイクロリーフ、そして同じ多気町で育った松阪牛、多気町の隣り大台町のわさびなど、食材が持つ力強い個性を組み合わせました。
トマトの旨味、甘味が凝縮された濃厚な味わいの透明なジュースをジュレにしてお皿に敷き、その上に伊勢茶の香りを纏わせた松阪牛のスライスと松阪牛のビーフコンソメの半球体のジュレを乗せます。海水栽培から生まれるほのかな塩味のピーテンドリルなどのマイクロリーフは、三重県産柑橘をベースにしたドレッシングを絡めます。甘味が強いトマトは生のままカットし、フレッシュな香りの宮川産わさびのクリームを添えました。これら個性ある味わいをトマトのジュレが優しくまとめます。自然の循環をお皿に表現。豊かな環境がずっと続くようにとの想いを込めた料理です。
6月〜8月の「デギュスタシオン」コースでご提供する予定です。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
フレンチレストラン「ラ・メール」 | ザ ベイスイート5F ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30) ※現在営業時間を一部変更しています。 |
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和食総料理長がお届けする夏の料理 塚原巨司の料理ストーリー
蕃茄(とまと)養老豆腐
ポモナファームが地元の高校と伊勢いもの栽培を行っているということを伺い、若い方々が農業に取り組まれていることを頼もしく感じました。そこでファームで作られるトマトと多気産の長芋である「伊勢いも」を組み合わせ、夏らしい養老豆腐を作りました。
養老豆腐は滋養のある料理としても知られており、長芋の滑らかな食感とやさしい味付けが特徴。伊勢いもを当たり鉢でおろし、寒天で固めます。中にトマトを入れ、紅白の美しさに加え、伊勢いもの上品な味にトマトの酸味と甘味が加わり爽やかな味に。
養老豆腐の周りにもフレッシュトマトと角切りにしたトマトジュースのゼリー、マイクロリーフを飾り鮮やかさをプラス。素材の味が際立つシンプルながら存在感のあるひと皿です。
6月〜8月の「美し国会席」でご提供する予定です。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
和食「浜木綿」 | ザ ベイスイート4F ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30) ※現在営業時間を一部変更しています。 |
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志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。