海に生きる、海女と鮑の物語。

漁村に根ざす営み、海女漁。

志摩時間 2022年夏号より

鳥羽市と志摩市の漁村には約2千年の歴史を持つ海女文化があり、今でも全国の約半数におよぶ600人ほどの海女がいます。伊勢志摩の海女は平安時代に作られた「延喜式(えんぎしき)」や「万葉集」にも記述が残り、鳥羽市の答志町にある大築海(おずくみ)遺跡からは、縄文時代のものと思われる鮑などの貝殻が出土するなど、古くからこの地域で海女漁が行われていたことが分かります。2017年に「鳥羽・志摩の海女漁の技術」が「国重要無形民俗文化財」に指定され、また2019年には「海女(Ama)に出逢えるまち 鳥羽・志摩〜素潜り漁に生きる女性たち〜」が特色ある地域の文化伝統として「日本遺産」にも認定されました。
樋口総料理長、塚原和食総料理長、栗野料理長、杉原シェフソムリエが鳥羽・志摩の象徴でもある海女の暮らしと、この土地を代表する食材でもある「鮑」について人々の想いに触れていきます。
 

越賀の海女 林さん

越賀の海女 林さん

志摩市南部、前島(さきしま)半島に位置する越賀(こしか)で海女をしている、林喜美代さんを訪ねました。
 

海女小屋の中で暖を取る

海女小屋の中で暖を取る

海女は夏の鮑だけでなく、春は海藻、冬にはナマコなど一年を通して漁を行います。夏でも海の水は冷たいため海女小屋で火を起こし、冷えた身体を温めるのが海女の日常。代々海女漁を行う家で育った林さんは50年以上海女を続けています。子どものころから海に潜ることが遊びのひとつで、海女である母について行くことで漁を覚えたそうです。
伊勢志摩のリアス海岸は岩礁が続くため海藻が良く育つことから、鮑の棲みかになります。「小さいころから潜っているので、頭の中には海中の地図があるんですよ」と林さん。
 

海女漁の道具のひとつ海に潜るための重り

海女漁の道具のひとつ海に潜るための重り

海女漁は約50秒の素潜りを繰り返しながら、海藻が生い茂る藻場でカギと呼ばれる道具を岩場と貝の間に差し込み、鮑やサザエを獲ります。「鮑は敵に気が付くと、岩場に張り付いて剥がれなくなります。漁が上手い海女は鮑を見つけたら、カギを入れる場所を瞬時に判断するの」。
海女が一日に漁ができるのは午前と午後に1時間ずつ。素潜り漁は、短時間で多く収穫するために、経験だけでなく体力も必要。近年の環境の変化で越賀の海は昔に比べ鮑の数が減っているそうです。そんな厳しい条件でも海女漁を続ける林さんに、原動力を聞きました。「鮑が獲れないと気持ちが萎みますが、見つけると一気に元気になっちゃう。やっぱり海女漁は楽しいし、陸より海の方が好きですね。体力が続く限りは続けてたいと思います」。
暮らしの真ん中に海がある人生。伊勢志摩の漁村にはそんな営みが今も脈々と続いているのです。
 

海の博物館 建物は日本建築学会賞などを受賞

海の博物館 建物は日本建築学会賞などを受賞

志摩市と並び海女の多い鳥羽市にある「海の博物館」へ。ここには漁村や海女の歴史や文化にまつわる約6万点の資料が収蔵されています。
 

学芸員の縣さん

学芸員の縣さん

学芸員の縣(あがた)拓也さんにお話を聞きました。
伊勢志摩の海女は江戸時代に80種以上の浮世絵に描かれ、海外でも人気を博しました。その後、明治に真珠養殖が盛んになり、昭和には観光地としても人気になった伊勢志摩では海女はポスターなどにも使われ、三島由紀夫の代表作「潮騒」で描かれたことにより文学や映画でも海女の存在は広く知られるようになりました。「近代化が進むなかで、海女が持つ原始的な美しさが際立ったのだと思います」と語る縣さん。「今ほど潜水技術が発達していない時代に海のなかは異世界です。白い磯着姿で深い海に入っていく海女は神秘的に映ったのではないでしょうか」と語ります。
 

ウェットスーツの頭部にセーマンドーマンが書かれている

ウェットスーツの頭部にセーマンドーマンが書かれている

伊勢志摩の海女は、セーマンドーマン(またはドーマンセーマン)と呼ばれる魔除けの形を、漁で身に付けるものに記すなど昔からの風習が残ります。離島、菅島(すがしま)では百年続く海女の祭のひとつ、つがいの鮑の初獲りを競い合う「しろんご祭」が行われるなど各地で海女文化が継承されています。また国崎(くざき)には伊勢神宮領の海と神社があり、そこで獲れた鮑は千年以上も伊勢神宮に神饌として奉納を続ける伝統が残ります。海女の祖であり、倭姫命(やまとひめのみこと)へ鮑を献上した伝説の海女「おべん」が祀られる海士潜女神社(あまかずきめじんじゃ)では、毎年伊勢神宮の舞楽奉納が行われるなど鮑は特別な存在。この土地には多くの海女の文化や鮑の歴史が残っています。
 

生ワカメを干す大野さん(右)と樋口総料理長(左)

生ワカメを干す大野さん(右)と樋口総料理長(左)

3月初旬、天然ワカメの口開け(解禁)の日、鳥羽市石鏡(いじか)へ伺いました。
 

冷たい風が吹く早朝の漁で刈り取られたワカメは天日で一日干され、乾燥ワカメとして出荷されます。ワカメを干す海女さんに「食べてみて」と渡されたのは、獲れたての生ワカメ。杉原シェフソムリエは「海のミネラルが濃厚。ワインにも良いですがこれは日本酒ですね」と話すと、地元では生ワカメを酒のあてにするんだと教えてくれました。栗野料理長が「海藻の味が濃い。海の養分の違いでしょうか」と尋ねると「海流に揉まれて育つ海藻は食感と粘りがあって味も濃く感じますよ」と話が弾みます。

石鏡ではワカメ漁は一日に1時間10分を1回、鮑漁は1時間15分を2回と厳密に漁の時間を決めています。また海藻のアラメは鮑が好むため刈り取らないという昔からの地域独自のルールや、規定の大きさに育っていない鮑は放流するなど、資源の保護も行っています。「鮑は海中を流れる海藻などを食べるため、海女は潮の流れを熟知し、それぞれに漁のポイントを持っています。私たちはその場所を〝良い物件〟と表現することもあるんですよ」と話す大野さんは、7年前に東京から鳥羽市へ移住し海女になりました。同時に、海や海女の姿を撮影する写真家でもあります。大野さんが感じる海女の魅力とは。「先祖や氏神様へ大漁や無事を祈ること、漁にまつわる祭を大切にするなど日々の暮らしの中に当たり前に海があるんです。石鏡ならではの海女の慣わしのひとつに、鳥羽の青峯山(あおみねさん)で海上の安全を祈願する護摩焚の灰を、海女は海に入る前にオデコに付けるというものがあります。まさに自然への畏敬の念の表れで、海女の暮らしは人と自然が共存する、古からの営みそのものだと感じます」。
 

お話しをうかがった大野さん(中央左)と木村さん(中央右)

お話しをうかがった大野さん(中央左)と木村さん(中央右)

大野さんの海女の先輩であり、石鏡に生まれ育った木村政子さんに思い出を聞きました。「子どもの頃は、鮑が口開け(漁の解禁日)になると学校が休みになるんです。母親や近所の人たちと海に潜り鮑を獲って、病気で漁に出られない近所の人にも売上を分けていましたね」。皆で協力しあいながら暮らしを支えていたというこの辺りの生活は、かつて陸路がなく舟が唯一の交通手段であり、「陸の孤島」とも呼ばれ、不便なことも多かったそうです。また木村さんが幼い頃の海女漁は白の木綿で仕立てた磯着と白足袋だけ。冬の海で海女さんが寒さのあまり立ち上がれずにいた光景もあったそうです。現在の海女漁ではウェットスーツで行われるようになりましたが冬の海は厳しいと話します。それでも海女を続ける理由を尋ねました。「潜っていると、そこに鮑がおるな、と分かる時があるの。するとワクワクしてくる。楽しいから続けられるんです」と木村さん。大野さんも「海中で鮑がいたとき、宝物を見つけたような感覚になるんです。鮑は夢にも見るほどで、息が苦しくない、あぁ夢かと目覚めることもあるんです」。

また、多くの海女さんは祖父母や親の命日に鮑の大漁を体験するなど、鮑はここでも特別な存在。塚原和食総料理長は「海女漁には海女さん達が繋いできた経験や工夫が凝らされていますね。ご高齢でも仕事を楽しむ姿は料理人としても見習いたいです」。樋口総料理長は「海女さんが一つひとつ手で獲った貴重な鮑。そこには長く受け継がれてきた人々の営みや命の尊さも感じます。素晴らしい食材を使わせてもらっているという感謝と同時に誇らしい気持ちになりました」。日本だけでなく鮑は古代中国でも不老長寿や若返りの霊薬だった神秘的な食材。伊勢志摩では鮑を大切に守り、素潜りで資源を獲りすぎないサステナブルな漁が今も続いていて、海を愛し海と暮らす、海女のスローライフがありました。
 
総料理長 樋口 宏江 2014年に志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞に女性初、三重県初の受賞。
和食総料理長 塚原 巨司 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。 
シェフソムリエ 杉原 正彦 2011年全日本最優秀ソムリエコンクールセミファイナリストなど数々のコンクールで入賞。伊勢志摩サミットでは、日本ワイン選考委員会メンバーと飲料サービス責任者を担当。
リアン・山吹 料理長 栗野 正也 2020年志摩観光ホテル鉄板焼き山吹料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼きを提供。
取材日:2022年3月
鮑 二種類の調理法で 風そよぐワカメとともに

鮑 二種類の調理法で 風そよぐワカメとともに

小さなころから海に潜り、海とともに生きる海女さんの強さや優しさ。何千年も前から豊かさを届けてくれる海と、海女さんへの感謝の気持ちを料理で表しました。
鮑ステーキは大根と一緒に炊くホテル伝統の下処理でもっちりとした食感に。白ワインと鮑のブイヨンをバターでつなぎ、ワカメを合わせたソースで味に深みを加えます。また旬を迎える鮑は低温調理で磯の香りと食感、そして滋味豊かな味わいを。鮑のブイヨンと焦がしバターの芳醇さを軽やかに味わう泡のソースでお召し上がりください。伊勢湾で獲れた旨味の強いワカメはパリっと乾燥させ天日干しのイメージに。鮑と同じ海岸で育つヒジキは、地元で食べられるヒジキご飯にヒントを得て、もち麦の食感がアクセントのバターライスに炊き上げました。濃厚な鮑の肝はコンフィにするなど、伊勢志摩の夏の味覚を余すことなく味わっていただくひと皿です。

6月〜7月の「エレガンス」「デギュスタシオン」コースにてお召し上がりいただけます。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
 

フレンチレストラン「ラ・メール」 ザ ベイスイート5F
ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30)
※現在営業時間を一部変更しています。
涼夏のひと皿 鮑の酒煎りと栄螺(サザエ)

涼夏のひと皿 鮑の酒煎りと栄螺(サザエ)

夏の海女漁で獲る鮑とサザエをこの季節ならではのひと品に。
鮑の魅力でもある食感を引き出すため、熱した少量の日本酒で薄く切り出した鮑に火を入れる「酒煎り」を行います。程良い歯ごたえを残しつつ、磯の香りが感じられ、風味豊かに仕上げる技法です。鮑そのものが持つ滋味深さを感じていただけます。土佐酢でさっぱりと、または濃厚な味わいの鮑の肝醤油でお召し上がりください。
サザエは酒蒸しの後、その蒸し汁を使って旨味を身に戻すよう炊き上げ、柔らかな食感に。初夏に旬を迎えるジュンサイと合わせたレモン酢で、のど越しのよい爽やかさを演出します。
伊勢志摩の海で育まれる自然の恵み、そして夏にひと時の涼を感じていただけるように仕上げました。

6月〜8月の浜木綿特別会席(¥39,000)、カウンター特別会席「匠」(¥50,000)にてお召し上がりいただけます。(要予約)
※入荷状況によりご用意できない日がございます。

夏の御食つ国会席

夏の御食つ国会席

夏の食材を様々な調理法と火入れで個性豊かに表現しました。
鮑を昆布と酒とともに低温調理を施した松前鮑は、お造りにして磯の香りと絶妙な食感を。吸い物やあおさ素麺は蒸し鮑。大根と一緒に蒸し、しっとりと柔らかく仕上げます。車海老のお造りは湯引きで鮮やかな色と身の弾力、甘さを愉しめます。寿司では氷水で締める洗いで、ぷりっとした食感に。鱧は旨味を凝縮させる二つの技法を。焼物では生のまま火力が強い備長炭で焼くことで旨味を閉じ込め、外はパリっと中はしっとりと仕上げます。さらにタレ焼きにして木の芽が香る棒寿司に。造りでは鱧を湯引きをした後、冷水ではなくそのまま冷やす「丘上げ」でしっかりとした身の味を活かしました。そして鮑、松阪牛、伊勢海老と三重が誇る食材からお好みでお選びいただく料理一題。季節の味覚を揃え、心華やぐひと時をお届けします。

6月1日(水)〜8月31日(水)
¥32,200

和食「浜木綿」 ザ ベイスイート4F
ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30)
※現在営業時間を一部変更しています。

活鮑のしゃぶしゃぶ 磯の香り

鮑の産地、伊勢志摩ならではの旬を味わう夏の食体験。鉄板焼きのイメージにとらわれず様々なスタイルで愉しんでいただきたいと、活鮑の魅力を活かした冷たいしゃぶしゃぶをご用意しました。
鮑の磯の香りを残すよう鉄板で軽く蒸し焼きにします。スライスした鮑を、昆布出汁で5秒ほど潜らせ氷で締めると程良い食感の中に昆布と鮑の旨味が凝縮された力強い味わいに。卵白にあおさの佃煮を加えた泡のソースでお召し上がりいただきます。さらに鮑の肝を刻みソースに加えると、よりコクのある濃厚な味わいが愉しめるひと品に。磯の香り立つ伊勢志摩の海を感じてください。

6月〜8月の三重の食材と夏の味覚ペアディナーでお召し上がりいただけます。
お二人様   ¥64,400
お一人様追加 ¥32,200

鉄板焼レストラン「山吹」 ザ クラブ2F(要予約)
ランチ  11:30-13:30(L.O.13:00/2日前 20:00まで)
ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30/前日 20:00まで)
※現在営業時間を一部変更しています。
鮑のヴィシソワーズ

伊勢志摩を代表する海の恵み、鮑を夏らしい味わいのフレンチに。
じゃがいもの甘さと滑らかな舌ざわりが魅力の「ヴィシソワーズ」。味のベースにも鮑の出汁を使い、でき上がったスープにさらに鮑の身を加え、食感が残る程度に細かく撹拌します。細かな鮑の身を一緒にいただくことで、旨味がプラスされ、心地よいアクセントにも。
涼やかで上品な味わいが特徴の伊勢海老のジュレは、軽やかな口あたりで広がる旨味と香りを際立たせました。ホテル伝統の「伊勢海老アメリカンソース」の素材や工程から作られるジュレは、殻ごとソテーすることで香ばしさを、また伊勢海老の甘味も凝縮されています。鮑の滋味深さと、伊勢海老の上品さが融合した繊細でエレガントな味わいが、夏にぴったりのひと品です。

2022年6月1日(水)〜8月31日(水)
ラ・メール ザ クラシック ランチタイムで
お召し上がりいただけます 。
単品 ¥3,300

レストラン「ラ・メール ザ クラシック」  ザ クラシック1F
ランチ  11:30-14:30 (L.O.14:00)
ディナー 17:30-21:00 (L.O.19:30)
※現在営業時間を一部変更しています。

伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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