松阪の森が育てる、原木椎茸

志摩時間 2022年秋号より

松阪市西部、香肌峡(かはだきょう)県立自然公園に位置する大石地区は、櫛田川の水や森の木々に恵まれた山間部。昔から伊勢茶の生産が盛んで茶畑の閑散期には原木椎茸の栽培が行われており、現在は3軒のきのこ農家が残っています。
 堀坂山(ほっさかさん)、局ヶ岳(つぼねがだけ)とともに伊勢三山と呼ばれる白猪山(しらいざん)の麓で椎茸などのきのこ栽培を行う田上きのこ園へ樋口総料理長、塚原和食総料理長、杉原シェフソムリエ、栗野料理長と尋ねました。田上きのこ園では味や食の安全へのこだわりから原木栽培のみにこだわり、地元の木を原木として使うなど循環型農業に取り組んでいます。
「原木で育てる椎茸は安全で美味しく、山の循環にも繋がる。椎茸を通してその良さを知ってもらいたいんです」と熱く語るのは田上きのこ園の2代目、田上敦志さん。そこには地方創生時代に大切にしたい〝自然に寄り添う〟 農業がありました。
 

原木椎茸の話をする田上さんと樋口総料理長

大石地区の深い森のなかには数軒の民家、そして田上きのこ園があります。山を中心とした自然の循環を活かした農業を実践する田上さんが原木栽培に使っている木は、松阪や紀伊半島を中心とした三重の山々で切り出してきたもの。「自分の目が行き届く地元で育つ木なので安全。だから安心して食べてもらえるきのこを育てられます。また紀伊半島は温暖な気候なので、木の年輪が冷寒地に比べて大きく、比較的柔らかいのが特徴。椎茸が育ちやすく、原木栽培に最適です」。
 

側面に円状の菌を打ち、菌が周ると断面上部が白くなる

原木となるホダ木は初冬に山で切り、倒木させたまま葉を枯らし、乾燥させ水分を飛ばします。年が明けた頃、山から搬出し適度な長さに揃える「玉切り」を行います。
春にはその年の気候や原木の状態に合わせ、数十種類ほどある菌の中から適したものを選び、木に打ち込みます。1本につき40個前後の菌を打つのは根気のいる作業。その後湿度の高い山中やホダ場と呼ばれる場所で1年半〜2年ほど発菌させ、椎茸が発生したらビニールハウスで育成して収穫します。化学肥料や農薬を使わず有機資源を活用することで環境負荷の軽減を目指す循環型農業。
 

苗木を育てるため保管してあるクヌギのどんぐり

田上さんは山で将来原木となるクヌギやナラのどんぐり拾いから始めます。畑に植えて2年ほど苗木を育て、山や耕作放棄地に植樹。「クヌギなどの雑木は原木用に切り出しても切り株から枝を伸ばし10年で元の大きさになります。雑木は根を張るので山崩れを防ぎ、どんぐりは生き物の餌になり多様性に繋がります」。山は放置されると木が育ち過ぎて倒れるなど荒れていきます。人の手で雑木を切ることは山の新陳代謝にも繋がっています。
 

原木椎茸の年間出荷量を田上さんに伺うと「昨年は例年に比べ少なめで約5㌧でした。毎年生産量が違い、気候に大きく左右されます」。毎日、1本約10㎏の原木、数百本に散水、日当たりを調整するため原木を入れ替え。手間と体力のいる原木栽培にこだわる理由とは。「実は一時期、オガクズなどの木質を基材にした人工培地で育てる菌床栽培を行っていたことがありました。でも原木椎茸の味には全く及ばない。これは違うなと思いました。椎茸の全国出荷は菌床栽培が9割以上で安定して大量生産することができます。でも僕はいっぱい作ることより、自然の力で育てる原木椎茸を 〝美味しい〟 と言ってくれる人のために作りたいんです」。生産数に限りがある田上きのこ園は市場に卸さず信頼できる取引先や個人にのみ販売。「田上さんの作った椎茸をお出しすると皆さんその美味しさに驚かれます」と樋口総料理長。田上さんに美味しい椎茸について聞くと「原木は1本につき7回くらい椎茸を育てることができます。1回目に育った椎茸は立派な形で肉厚ですが、個人的には3〜4回目の熟した木からできる椎茸が味わい深くて好きですね」。杉原シェフソムリエは「30年経ったブドウの木からも美味しいワインができますよ」と話が弾みます。
 

奥:身が開いた状態 手前:開いてから半日〜1日熟成が進んだ状態

成長した椎茸にも田上さんのこだわりが。「通常、原木椎茸は身が開いて厚みが出た段階で出荷しますが、ここではあと半日か一日待ち、熟成させさらに美味しくなった椎茸を出荷しています」と聞き、塚原和食総料理長は「土のやさしい香り、樹木の甘い香りがするのは熟していることも理由なのですね」。田上さんは椎茸を最高の状態で出荷するために、目視で熟成を見極めています。そのため1日に3回も収穫をすることもあるそうです。
 

約200㎡のビニールハウスで育てるフィンガーライム

田上きのこ園では椎茸の他にも舞茸、栗茸、なめこ、平茸など約10種のきのこを原木で育てています。

「そんな手間なことしているの、僕くらいだと思います。食べ物を育てるのが好きなんです」と話す田上さんはきのこ以外にもレモンやシークヮーサーなどの柑橘を数本育てており、新たにフィンガーライムの栽培にも挑戦。「日本ではまだ馴染みのない果物で栽培も手探りで始めましたが椎茸栽培のノウハウが生きることもあります。現在は20種類のフィンガーライムを育てています。椎茸栽培で使い終わった原木は良い堆肥にもなるんですよ」。手渡されたフィンガーライムの香りを確かめる栗野料理長は「レモンのような力強い香りですね。脂が美味しい松阪牛にも良く合いそうです」と料理のイメージが広がっている様子です。
最後に田上さんの今後の展望をお聞きしました。「先祖から残してもらったこの土地は、水や木々に恵まれています。この場所にはいろんな食べ物が作れる可能性を感じます。将来はここをもっと豊かな場所にしていきたい。そのために僕ができることは原木椎茸で循環型農業を実践すること。山に植樹され放置された杉や檜をクヌギなどの雑木に変えることが必要なんです」と強い想いを聞かせてくれました。
松阪の深い森のなかで地域や自然の大きくて新たな循環が始まっています。

左から栗野料理長、杉原シェフソムリエ、田上さん、塚原和食総料理長、樋口総料理長

総料理長 樋口 宏江 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞に女性初、三重県初の受賞。
和食総料理長 塚原 巨司 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。
シェフソムリエ 杉原 正彦 2011年全日本最優秀ソムリエコンクールセミファイナリストなど数々のコンクールで入賞。伊勢志摩サミットでは、日本ワイン選考委員会メンバーと飲料サービス責任者を担当。
リアン・山吹 料理長 栗野 正也 2020年志摩観光ホテル鉄板焼山吹料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼きを提供。

鮑のムニエル 様々な原木椎茸とともに

田上さんがこだわり抜いて育てた原木椎茸。その魅力である香り、旨味、食感を3つの調理法で表現。鮑とともに味わっていただきます。
鮑に合わせるのはマデラ酒とデミグラスがベースのマデラソース。本来肉料理に用いますが裏ごしした鮑の肝を加え、鮑に合うソースにします。原木椎茸の傘の部分に細かく格子状に包丁を入れ、チキンブイヨンと白ワインで煮込み、味を染み込ませると原木椎茸のしっかりとした旨味や食感が引き出され、鮑に負けない存在感。半割りにした原木椎茸は塩とオリーブオイルのみで味付け。サラマンダーで焼き、水分を飛ばし味を凝縮させます。チップ状の椎茸は薄切りにし、軽く乾燥させ油で揚げました。サクッとした食感と原木椎茸の濃厚な旨味が味わい深く、様々なシーンでご提供したいひと品です。鮑のグルタミン酸、マデラソースのイノシン酸、椎茸のグアニル酸それぞれの旨味成分の相乗効果が重なるひと皿です。

フレンチレストラン「ラ・メール」、9月・10月の「デギュスタシオン」コース(¥32,200)にてお召し上がりいただけます。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。

フレンチレストラン「ラ・メール」 ザ ベイスイート5F
ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30)
※現在営業時間を一部変更しています。

木の子と松阪牛の小鍋

原木栽培にこだわる田上さんの椎茸を中心に様々な種類のきのこの食感と味わい、そして同じ産地である松阪牛を合わせた鍋料理です。
きのこの芳醇な香りと味を受け止めるため、松阪牛は厚切りで存在感を。それぞれの味が引き出された鍋だしも味わってください。つけだれにはたまごポン酢をご用意しました。ソウダガツオ、ムロアジなどの削り節をブレンドした旨味の強い出汁に、大豆の風味が特徴の伊勢醤油、柚子果汁を加えた自家製ポン酢。卵の黄身の滑らかさが食材とポン酢を繋ぎ、まろやかな味わいに。
松阪のきのこと三重が誇る松阪牛という2つの食材、コク深い味にポン酢の酸味、卵の濃厚さと食べ進める度に深まる味わいをお愉しみください。

9月〜11月の「御食つ国会席」(¥32,200)、「匠」(¥50,000)にてお召し上がりいただけます。(要予約)
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
 

秋の御食つ国会席

伊勢海老を中心とした魚介、松阪牛、そして原木椎茸などのきのことの組み合わせが味を深める秋の御食つ国会席。
土瓶蒸は松茸の香りと、原木椎茸の旨味で秋の訪れを表現しました。伊勢海老と、味噌漬けにした地元魚介を風味良く焼き上げました。造りは伊勢海老の甘味と食感をお愉しみください。
お好みでお選びいただける料理一題では、松阪牛の小鍋、伊勢海老などの天ぷら、バター醤油で香ばしく仕上げた蒸し鮑それぞれにきのこを合わせました。どの食材とも相性が良く、美味しさを高めてくれるのがきのこの魅力です。焚合せは、秋に旬を迎える脂の乗った三重の鰆に茄子を合わせ、おろし煮でさっぱりと。食事は伊勢海老と魚介のにぎり、煮鮑の蒸し寿司、伊賀牛のヒレかつからお選びいただけます。地元の秋の食材で、豊かな実りの季節をお届けします。

9月1日(木)〜11月30日(水)
¥32,200
 

和食「浜木綿」 ザ ベイスイート4F
ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30)
※現在営業時間を一部変更しています。

松阪牛と原木椎茸 肉味噌朴葉焼き

原木椎茸と松阪牛、それぞれの旨味と香りが融合したひと品です。
肉厚な原木椎茸は焼き上がるにつれ広がる香り。そこに松阪牛を使った肉味噌を加えます。肉味噌は松阪牛で取った出汁で割った醤油をブレンドし、味噌の甘さとコクを調整。鉄板の上では味噌と椎茸がぐつぐつと香り立ちます。松阪牛をお湯に潜らせとろける食感のサーロインは香りが広がる朴葉の上へ。味噌の風味が加わった椎茸を乗せて巻き込みます。仕上げに爽やかな酸味のフィンガーライムを添えて完成です。
口のなかで濃厚な味わいと食感の後に酸味と香りが広がり、複雑な味ながら見た目よりずっとさっぱりといただけるひと品に仕上がりました。

9月〜11月の三重の食材と秋の味覚ペアディナーでお召し上がりいただけます。

鉄板焼レストラン「山吹」 ザ クラブ2F(要予約)
ランチ  11:30-13:30(L.O.13:00/2日前 20:00まで)
ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30/前日 20:00まで)
※現在営業時間を一部変更しています。


伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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