伝統と革新は、地域を変える真髄。

伝統と革新は、地域を変える真髄。

志摩時間 2019年春号より

志摩市波切にある創業明治30年のかつお節屋「久政(きゅうまさ)」の第二工場へ。4代目社長の橋爪政吉さんは、自社で一度は途絶えてしまった手火山式(てびやましき)でつくるかつお節を7年前に復活させました。

深めの4メートル手火山式の炉で遠赤外線を活かしかつおを燻す

ウバメガシは目が詰まり重く火力が強いので香り高い鰹節を作ると語る橋爪社長(左)

「この辺りは昔、かつお節の一大産地でした。かつおやウバメガシが育ち、燻し技術があります。自然と先人が作った生業です。でも300軒あったかつお節屋が今では3軒。和食のうま味の元であるかつおだしを守りたいです」橋爪さんは時代に合わせて新しい設備を開発するなど、伝統的な手火山式(てびやましき)に革新を取り入れています。
一人でも扱えるサイズの蒸籠。スライド式で作業効率を上げる工夫を。

一人でも扱えるサイズの蒸籠。スライド式で作業効率を上げる工夫を。

一例として、かつお節を燻す蒸籠は2名で動かす大きな物でしたが、一人でも扱えるよう小型化することで人手不足に対応。原料仕入でも出荷量を超えて水揚げされた志摩産のかつおを購入し、地域の漁師さんを経済的に守る取り組みも行っています。これからは地域がブランドとなるように、伊勢志摩の醤油や昆布の老舗と商品開発を行ったり、かつお節に近い生節の業者と手を組み新たな製造や流通の仕組みを作りたいと、橋爪さん。
「伝統があるから革新が楽しいんです。変えてはいけないことがある中で、変えるべきことが見えたときにやりがいを感じます」
伝統を守りつつ革新する人たちが繋がり、地域は前進するのだと感じました。

かつおの天ぱく(有限会社まるてん)

同じく波切にあるかつおの天ぱく(有限会社まるてん)は正式な創業の記録は残っていませんが代々受け継がれてきた波切節の老舗で、作業の合間に開くいぶし小屋見学会には海外から人が訪れる程の人気。社長の天白幸明さんにかつお節の手火山式(てびやましき)製法を案内してもらいました。 手火山式(てびやましき)は主に三枚に卸したかつおを、リアス海岸に自生するウバメガシを燃料として直火で約1ヶ月燻す伝統製法。かつおを並べた蒸籠を何度も入れ替えながら、火入り具合を調整するなど手間が掛かりますが、かつおを少しも無駄にすることのない燻し方です。
「先人の知恵を枯らすことのない物作りが大切です。諸説ありますが波切はかつお節のルーツとも云われておりますので、和食文化の源流と私は考えています」

江戸時代のかつお節の番付表。行司には志摩波切節の文字。

江戸時代のかつお節の番付表。行司には志摩波切節の文字。

平安時代初期の法律書『延喜式』に志摩国は朝廷に食材を納める御食つ国(みけつくに)とあり、今でも天ぱくは伊勢神宮の年中行事で一番大切な神嘗祭に、毎年かつお節を奉納し続けています。

試食しながらだしについて語り合う塚原和食料理長(左)と天白社長(右)

試食しながらだしについて語り合う塚原和食料理長(左)と天白社長(右)

ホテルで使用するかつお節について天白社長と意見を交わす塚原和食料理長は
「だしは日本料理の基本です。料理人の腕が試されるだけに、かつお節にはこだわります。部位や厚みで味が変わるので料理で使い分けます」と話します。
「波切に伝わるかつお節文化を発信することで、ここに来てもらい、量産ではなく昔ながらの製法で作るかつお節の味や歴史を知って欲しいです」と天白さんは想いを語りました。

ウバメガシ

ホテルのレストランで使用している伊勢志摩備長炭は、原料となるウバメガシが自生する志摩半島の豊かな森の中で作られています。そんな森に手を入れ、里海の環境を守りながら炭を作る職人さとう製炭所(志摩市浜島)の佐藤進司さんを訪ねました。

備長炭

「備長炭は日向、土佐、紀州が有名でしょ。共通項はかつおの産地。温暖な黒潮の影響ですね。原料のウバメガシは成長が遅いため年輪がなく、海水にも沈むほど重い木なので炭になると火持ちが良く備長炭に向いています」と佐藤さん。全国のうなぎ屋や焼き鳥屋へ炭を卸す燃料問屋からも信頼がある伊勢志摩備長炭。この日はちょうど窯出しの日。特別にその様子を見せていただきました。
「炭にする作業は全体の行程で1割くらい。実は森で木を切り、ここまで運んで割る仕事が一番大変で時間が掛かるんです。6トンのウバメガシを使って出来上がる備長炭は900キログラムだけなんです」。

イメージ

切り揃えた木は窯に入れて火入れを行い約一週間かけて炭化させます。次に炭化の進行具合を見計らって徐々に窯の口を閉じ空気を減らします。バーベキューなどに使われる炭はこの工程で終了ですが備長炭はここからが腕の見せ所。40時間ほどかけて、今度は窯の口を徐々に開けていきます。窯の中に空気を入れ高温にして炭を燃やす、ねらしという仕事が備長炭の品質を決めます。
「一時間寝ては起きを繰り返し、窯を確認するんです」ねらしが終わると次は窯から炭の掻き出し。一気に掻き出すと柔らかく火持ちが悪い備長炭になるので、窯口まで掻き出しては待つを繰り返し、掻き出した炭に焼け土をかけゆっくり消火。掻き出しから実に10時間をかけて終了します。

炭化
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ところが近年、太いウバメガシへのキクイムシによる食害が多発していると佐藤さん。
「食害にあった木は、切るしかないんです」。食害を止めるには定期的な伐採をして里山の再生をしなければと佐藤さんは警鐘を鳴らします。
今回、志摩のリアス海岸を軸に取材して樋口総料理長は次のように語りました。
「山、里、海の自然の循環と歴史。そこに多様な命が育ち、文化がある。志摩に暮らす私たちが料理を通じて関わらせてもらうことで、それらを守り伝える一助となればと思います」。
膨大な時間を掛けて形成された志摩のリアス海岸では壮大な地球、そして自然と共に生きる地域の文化と人の営みを感じることができます。

木曽三川や清流宮川から山の養分を含んだ水が流れ着く伊勢湾ではカタクチイワシなどが育ち、それを餌にするさわらが捕れます。脂の乗ったさわらは44度で40分の低温調理でやわらかく火を入れることで身はふっくらと。仕上げに火力が強い伊勢志摩備長炭で炙れば、炭に滴りジュッと焼けた脂が煙となりさらに香ばしく包むフレーバーに。
春に花を咲かす春菊の鮮やかなソースと、三重の季節の柑橘ソースの酸味が爽やかな一品に。英虞湾の森では備長炭になるウバメガシが育ち、伊勢湾には森からの養分豊かな水が魚を育て、太陽が燦々と降り注ぐ里では黒潮が運ぶ温暖な気候が柑橘を育てるという、正に自然の循環が織り成す一皿。
<フレンチレストラン「ラ・メール」2019年4月・5月のアラカルトメニュー>

松阪牛サーロインの炙りともも肉の備長炭焼き かつお風味のエスプーマを添えて ¥12,000

伊勢志摩備長炭で炙り、香ばしさを増した松阪牛もも肉には、ビーフコンソメにかつお節の香りを移し焦がしバターを加え、エスプーマで軽やかに仕上げたソースを添えます。雑味が少なく香り高いかつお節が美味しさを引き立たせます。しっかりした味わいに華やかに香るかつおだし。地元食材の和の旨味と「海の幸フランス料理」が融合した、伊勢志摩ガストロノミー。
<フレンチレストラン「ラ・メール」2019年4月・5月のアラカルトメニュー>

春の焼物 ¥5,500

「食材も燃料の炭まで地元産というのは、伊勢志摩の料理人として喜びを感じます」と塚原和食料理長が語る「浜木綿」の春のお料理。ウバメガシを使った伊勢志摩備長炭で炙ることで、松阪牛のフィレ肉は肉汁を閉じ込め、溶けるような食感と独特の風味を愉しめます。金目鯛は炭に落ちた脂に燻され香ばしく、旬のたけのこも風味が際立つ逸品となります。
<和食「浜木綿」2019年春 単品メニュー>

カツオのたたき ¥3,200

かつおのたたきも藁焼きのように備長炭で炙ることで香ばしさが増し食欲をそそります。3月下旬から6月くらいまでの初がつおは、鮮やかな赤い身でかつお本来の風味が強いのも特長です。
<和食「浜木綿」2019年春 単品メニュー>

桜鯛の煮物

伊勢志摩のお吸物

志摩産かつお節はウバメガシを使い、高温の直火で燻すことで香りが高くなることが特長。だしの味と香りを最も愉しめる吸い物には一番だし。雑味のない澄んだ味が鮑、伊勢海老、たけのこ、わかめと個性的な食材を引き立たせます。特に春の出会いのものといわれる若竹とわかめはストレートにだしと素材の味が出ることから、料理人の腕が表れるといわれます。シンプルだけれど難しい料理だと、塚原和食料理長は話します。一口いただくと、だしと旬の食材、それぞれの香りと味が引き立て合い、これぞ和のうま味と感動を覚える程。たけのこは歯ざわりの良いしっかりとした食感、わかめの香りに春を感じます。

また、煮物にはだし本来の味を堪能できる、しっかりと煮出した二番だしで。春に旬を迎える桜鯛や季節の野菜は、車海老で作った海老そぼろと合わせます。こちらは素材のうま味が重なり合った奥深い味わいに。 春を伝える三重の食材と志摩産のかつお節で、和食文化を受け継ぐ料理人の味をお愉しみください。
<和食「浜木綿」2019年3月〜5月・美し国会席「華」にて>
取材日:2018年12月

伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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