地域を想う心で育てる
尾鷲の甘夏と虎の尾
尾鷲(おわせ)市は三重県南部の東紀州地域で、紀伊山地と熊野灘に挟まれた位置にあります。リアス海岸の地形を持ち、人口は約1万4千人です。
複雑に入り組んだ湾は波が穏やかで、黒潮に乗って回遊する多様な魚が集まる港としても知られています。さらに江戸時代には紀州藩が森林資源の整備を進めたことから、尾鷲ヒノキやスギなど良質な木材を生み出す林業も発展しました。
また尾鷲市は降水量が何度も日本一になるほどの多雨地域で、急峻な地形でありながら降雨のおかげで土壌が乾きにくく作物が育ちやすい環境です。
そのため尾鷲湾沿いの山の斜面では、北に位置する天満(てんま)地区は戦後、開拓団が山を開墾し、甘夏の栽培を開始。対岸の向井地区は古くからの農作地で、今も米や野菜などを生産しています。その中で向井(むかい)地区のみで栽培される青唐辛子「虎の尾(とらのお)」は地域に根付く港町ならではの伝統野菜です。
今回、樋口総料理長、塚原和食総料理長と甘夏、虎の尾の生産者を訪ねました。
そこには伝統を絶やさない努力と地域を想う人々の姿がありました。
恵まれた環境と生産者のこだわりが成す良質な「甘夏」
2代目で代表取締役の平山厚(ひらやま あつし)さん、甥で生産と営業を担当する平山玲(ひらやま れい)さんが迎えてくれました。
畑の面積は天満地区で一番広く約5.7ヘクタール、生産量は年間約100トン。「先代からの農薬や化学肥料は使わないオーガニック栽培を守り続けています」と話す厚さんに早速畑を案内してもらいました。
甘夏の木に近づき「爽やかな香りが広がっていますね」と驚く塚原和食総料理長。
たわわに実った甘夏を見ながら玲さんは「甘夏が育つにはまとまった降水量が必要です。また寒さに特に弱く、昨年マイナス3度が4時間続いた日があり、その影響か3割が自然落下してしまいました」。
甘夏は一般的に追熟をすることが多いそうですが、平山農園では貯蔵せず、木に付けたままの『樹上完熟』を行っています。
酸味や苦味がまろやかになり、穫れたてを出荷できるのでよりフレッシュな香りと瑞々しい甘夏を味わうことができます。その分、外気に直接触れる樹上完熟は、気候や病害虫の影響を受けるリスクも高く、管理が難しいという側面もあるそうです。
収穫は畑を回り、食べ頃の実を一つひとつ摘み取ります。
加工場では水洗い後にサイズをM、L、2L選別。傷がないか一つずつ目で確かめながら、多い日では2000個を出荷します。
選別を担当する垣内さんは「小さな傷でも、消費者に届くころには傷が進行している場合があるので丁寧に行っています。出荷外の果実もジュースなどの加工品としてお届けしています」。
譲れないこだわりと、地元への想い。
肥料の香りを確かめる樋口総料理長は「醤油や味噌のような香りですね」と話すと「自然のものだけを使い発酵させているからです。この肥料で土づくりをすると土が柔らかく、根が栄養を吸いやすくなります。木が健康に育ち、養分を実に行き届かせることで、私たちが目指す味へと育ちます」と教えてくれました。
平山農園がオーガニックにこだわる背景には、先代の想いがあると話す厚さん。
「開拓時代に多くの農薬を使っていたせいか体調が優れなかった両親は、体への負担を考えオーガニック栽培へ切り替えました。決断には母の強い思いがあったと聞いています。試行錯誤しながら作った甘夏は友人への販売から始まり、美味しいという噂を聞きつけた地元スーパーのバイヤーが買い取るほどになりました」。
そして、「私たちはこの方法で進んで行けると確信し、仲間とともに法人化したんです」と力強く語ってくれました。
そしてこう続けました。
「私は長年、尾鷲を離れ東京で会社員として暮らしていましたが、人口減少で地元がさみしくなっていくのを帰るたびに感じていたんです。
私の記憶にある尾鷲の景色を消したくないと思い、農家に転身しました。これからは会社として存続させながら、より良い甘夏をお届けしたいです。
農家も経営に力を入れ発展していけば必ず尾鷲の活性化につながると考えています」。
垣内さん、樋口総料理長、平山厚さん、玲さん、塚原和食総料理長、畦地さん
地域で受け継がれてきた伝統野菜「虎の尾」。
天満地区を後にし、古くから農作地が広がる向井地区へ。
「おわせむかい農園」を運営し、虎の尾農家でもある尾鷲ヤードサービスの社長、岡文彦(おか ふみひこ)さんを訪ねました。
岡さんが「私の虎の尾栽培の師匠です」と紹介してくれたのは、自宅の裏庭にあるビニールハウスで虎の尾の苗を作る黒俊人(くろ としひと)さん。
黒さんは、地元で鈑金業の傍ら農業を行ってきましたが、今は家業をご子息に引き継ぎ、野菜や米を育てる暮らしを送っています。
「向井地区は昔、多くの山師が暮らし、山仕事の間にいろんな作物をつくる小さな農村でした。この辺りの子ども達は幼い頃から畑を手伝い、私も小学生のときは耕作用の牛の世話、中学に入ると耕運機の練習をして育ちました」と話してくれました。
また、黒さんは、尾鷲の伝統野菜である虎の尾の普及を通じて向井地区の活性化を目指す農業生産塾「向井の里」の理事長も務めています。
虎の尾は2月初旬に種まき、3月に育苗、5月に植え付けを行い、6月下旬から収穫が始まるそうです。
「虎の尾の歴史は明治時代初期の西南戦争に遡ります」と岡さん。
「向井地区から農民軍として軍事の拠点であった長崎の対馬に動員された農家が帰還とともに持ち帰ったのが虎の尾の元となる、青唐辛子と聞いています」。そして品種を絶やさぬように、各農家が受け継いできたそうです。「向井の里」は一時、13軒程の農家が参加していましたが、高齢化などの影響で今では3軒程となっています。
その言葉を聞いた岡さんは「黒さんと想いは一緒です。虎の尾を絶やさぬよう、育て方を教えていただきながら日々勉強を重ねています」。
塚原和食総料理長、黒さん、岡さん、樋口総料理長
原動力は、次代につなげたい地域への想い。
岡さんが運営するむかい農園では虎の尾をはじめ、ブルーベリーや季節の野菜を生産しています。
敷地内には子どもたちが集う場「むむむ。」があり、収穫体験も行っています。また尾鷲湾を見渡す高台にはキャンプ場も併設し、県外からも尾鷲の自然を求めて多くの方が訪れているそうです。
岡さんが社長を務める「尾鷲ヤードサービス」は2018年まで発電所の設備会社でしたが閉鎖に伴い、新規事業として向井地区で農業を始めました。
「私は向井の出身で少しずつ耕作放棄地が増えていくのを見てきました。ゼロからの農業でしたが地元の農家さんに助けられながらここまできました」。
初年度に取り組んだオリーブ栽培では250本の木がすべてが枯れるなど苦戦。それでも地元を盛り上げようとする岡さんの姿に共感した人々が地域内外から集まりました。
「むむむ。やキャンプ場を通じて多くの人と話し助言をもらうことで、ここにしかないものを作ろうと“虎の尾”の栽培に辿り着いたんです」。
虎の尾を試食した塚原和食総料理長は「強い辛味の中に爽やかさも感じますね」。
「昔から尾鷲の漁師には、わさびの代わりに虎の尾を薬味にして刺身を食べる人もいるんですよ」。と岡さん。
「人口減少の時代だからこそ、子どもたちに尾鷲や向井の良さを知ってほしい。そして外に出ても〝ただいま〟と帰ってこられる場所にしたい。
今は農業を軸に事業を続けながらこの場所を守っていきたいと考えています。虎の尾の魅力を伝え、向井地区の先輩がつないできたものを次の世代へ渡せるよう取り組んでいきます」。
澄み渡る空と、海、山。心から故郷を愛する方々にお会いした樋口総料理長。
「海と山の魅力がある尾鷲で地元の伝統を守り伝えようとする生産者さんの想いが心に響きました」。
| 総料理長 樋口 宏江 | 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。2024年料理マスターズシルバー賞、文化庁長官表彰を受賞。 |
|---|---|
| 和食総料理長 塚原 巨司 | 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。2025年、日本調理師連合会最高位名匠を受嘱。 |
総料理長がお届けする夏の料理
樋口宏江の料理ストーリー
和食総料理長がお届けする夏の料理
塚原巨司の料理ストーリー
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