漁師が挑む伝統と革新の仕事

志摩時間 2024年春号より

三重県南部に位置する尾鷲市は紀伊山地と風光明媚なリアス海岸に恵まれ、林業と漁業が盛んな地域です。港町の尾鷲を始め小さな漁村が入江沿いに9つ点在しており、なかでも尾鷲(おわせ)、九鬼(くき)、早田(はいだ)、梶賀(かじか)は明治時代から続くブリの産地で、3月末から4月末頃にかけ水揚げされる「春ブリ」と呼ばれるブリは尾鷲の漁村の基幹産業です。

今回訪れた早田は人口減少と漁師の高齢化により漁業だけでなく、一時は町の存続も危ぶまれていた地域でした。そんな中、14年前から町や町民が一帯となり、移住者漁師の受け入れや育成の取り組みを行っています。

早田では株主のほとんどが町民である「株式会社早田大敷」があり、14人の社員は大型定置網漁(大敷網漁/おおしきあみりょう)の漁師として働いています。そのうち移住者が8人、平均年齢は44歳と若く、時代に合わせた漁業への取り組みも実践しています。そこには途絶えかけた町の産業を復活させ、未来に向かって力強く進む人々の姿がありました。
 
朝5時頃、漁が始まる早田漁港に樋口総料理長、塚原和食総料理長、栗野料理長が到着。

移住者漁師で漁の責任者である漁労長を務める中井恭佑(なかい きょうすけ)さんが漁師が集まる納屋に案内してくれました。水揚げした魚種や浜値、売上額、スケジュールなどが書かれたホワイトボードがあり、出航前には漁師全員でのミーティングが行われます。その後漁船に荷物を積み込み朝5時過ぎに出航。

大敷網漁の様子を見学する樋口総料理長と塚原和食総料理長

まだ暗い海を沖合へ10分程進むと漁場があり、水深65m〜75mのところに長さ約375m、幅約90mの大きな網がリアス海岸の海の地形に合わせて仕掛けてあります。

大敷網の模型。漁では左隅の四角い小さな網を揚げる

早田では魚が前に進む習性を利用して網の先端に集まった魚を獲る大敷網漁でブリ漁を行います。仕掛けた網の先端部分にはロープが取り付けてあり、それぞれを船にある8つの油圧のローラーに巻いて引き揚げます。

早田大敷の春ブリ漁の様子

合図を送り網を引き揚げる

その際、魚が逃げないように漁師がお互いに合図を送りながら、左右同時にゆっくりと網を引きます。

塚原和食総料理長は「皆さん息がぴったりと合っていますね」と興味深く見学。船上では魚を選別、活け締め、氷締めまでが素早く行われています。

栗野料理長は「獲るだけでなく鮮度を保つための処理が丁寧。しかも速くて驚きました」と話します。
 

漁の最中、網に掛かったクロマグロの幼魚であるヨコワやブリの幼魚などは海へ放流。中井さんは「早田では20㎝までのブリは獲らず資源管理を行っています。鮮度を保つため、船上での活け締めを始めたのも最近なんですよ」。

話を聞き樋口総料理長は「尾鷲の鮮魚店の方から、早田の魚は漁師の下処理が上手で美味しいと聞いていましたが納得です。獲った魚をできるだけ良い状態で届けるための努力を厭わない、漁師さんの海や魚への想い感じることができました」と語ります。

この日の漁は6時半まで。港に戻る頃には、海は一面美しい朝焼けに包まれていました。

左 早田大敷社長の岩本さん 右 漁労長の中井さん

黒潮に乗って尾鷲の海に辿り着く運動量豊富な春ブリの魅力を、漁を終えた中井さんと早田大敷の社長、岩本芳和(いわもと よしかず)さんに教えてもらいました。

中井さんは「春ブリは身に程よい脂があり、とろける食感になるのでブリしゃぶがおすすめですよ」。
早田で生まれ育った岩本さんは「新鮮なブリの背の部分は身が締まりしっかりとした歯ごたえが特徴です。腹の部位は脂乗りがよく数日寝かせると脂が身に馴染んで、柔らかく美味しい刺身になります。あと甘く炊いた醤油だれをつける『べっこう寿司』という郷土料理もあります」。

ふたりが出会ったのは14年前。当時、早田漁業協同組合の組合長だった岩本さんは「このまま人が減っていけば漁も町もなくなるぞ、という危機感がありました。そこで町の人たちとも相談して短期間の漁師体験(後にひと月滞在型の早田漁師塾)を始め移住者漁師の受け入れを行いました」と振り返ります。大阪で生まれ育った中井さんは当時21歳。子どものころからテレビなどの影響で漁師に憧れがあり、2泊3日の漁師体験に数回参加した後、早田大敷に入社します。

移住者の受け入れに対し岩本さんが特に気を付けていたのが、都会と漁村での若者の暮らしの違い。早田のお母さんたちに移住者の若手漁師を気にかけ、生活の手助けをするようお願いしていたといいます。
 

中井さんは「早田に移住した頃は方言が聞き取れなくて、先輩漁師が話している内容が分からないこともあり、よく怒られました。怒られるのですが、その言葉の意味もわからない。辛かったですよ。でも移住者漁師の友人と出掛けて気分転換するとすっきりしますし、漁を終えて家に帰ったら地元のおばちゃんが作ったご飯が置いてある。そういう気持ちがありがたくて漁師を続ける原動力にもなりました」。
 

漁船の上で漁をする金澤さん

漁業を通して新たな取り組みにもチャレンジ

早田では昨年の7月に、大敷網漁で三重県初となる女性の漁師が就業しました。

茨城県出身の金澤麻紀(かなざわ まき)さんは「地域の方々が温かく受け入れてくれる所や、会社の雰囲気が移住を決めた理由でした。前職が接客業だったのでこれからは魚を獲るだけでなくお客様とのコミュニケーションや、春ブリのブランド化にも関わっていきたいです」。と話してくれました。

また、漁労長の中井さんは新たにブリの蓄養を始めたそうです。
6月から7月にかけてのキハダマグロ漁ではブリも獲れるのですが、産卵期を終え痩せているため売り物にならないという問題がありました。

「海に作った生け簀でブリを畜養して、需要が高まる年末に合わせて大きく育て出荷ができるよう計画を進めています。天然になるべく近づけるために餌は魚だけを使い、餌になる魚は、早田の大敷網で獲れた値が付かない未利用魚などを活用し、海の資源を無駄なく循環させています」。

様々なアイデアが生まれ形になっていく早田大敷。社長の岩本さんにこれからについて伺いました。

「私は早田で産まれ、昔からの大敷の習わしで育ちました。トップダウン型の大敷網の世界では漁師が集まり前日の売上を報告するなど、まずなかった。でも今は皆が情報を共有することで漁師達の意欲も仲間意識も高まっています。私は彼らが創る新しい漁業の形に賛同できる人を増やし育てていきたい。それが地元への貢献にも繋がると思っています」。

全国各地で後継者不足が深刻化する中、町や産業を残していくための変化を住民自らが選択、地域内外の人が共創し新しい時代を切り開いていく。そんな未来のお手本を春ブリの町、早田で見つけました。

左から塚原和食総料理長、岩本さん、樋口総料理長、中井さん、栗野料理長(早田漁港にて)

総料理長 樋口 宏江 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。
和食総料理長 塚原 巨司 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。 
リアン・山吹 料理長 栗野 正也 2020年志摩観光ホテル鉄板焼山吹料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼を提供。

鰤 タイム風味 春キャベツを添えて

三重が誇る春のブリを、味わい方を変えた2つのお料理で魅力を引き出しました。
鮮度が良く弾力がある肉厚な背の部分を存在感のあるひと皿に。肉を塊で焼き上げた時のような柔らかな火入れを目指します。皮目を中心に高熱で焼き、休ませて余熱で全体に火を入れます。パリっと焼き上げた皮目としっとりとした身。タイムを効かせたヴァンブランソースを合わせます。焼いて甘味が増した柔らかな春キャベツを添えて。

冷製ブリと大根

続いてブリと相性の良い大根を使った冷製のブリ大根。背と腹、それぞれの身をマリネにし、脂が多い腹の身は酢浸けにした紅芯大根で巻き、さっぱりと酢締めにして身の美味しさを感じてください。食感の良い背の身は塩浸けにした大根に柚子の皮を忍ばせて巻き、ブリ本来の味わいをシンプルに表現。彩りの美しさもお愉しみいただきたいひと皿です。

3月〜5月のディナーコースのいずれかでご提供予定です。
※メニュー構成によりご用意できない場合がございます。
フレンチレストラン「ラ・メール」 ザ ベイスイート5F
ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30)

春鰤三彩

旬の三重県産春ブリを、鮮度を活かした3つの味わいでお愉しみいただくひと品。薄く切ったブリの腹の身はしゃぶしゃぶで。出汁に2〜3回潜らせ、霜降り状にした天然ぶりの脂はさらりと溶け旨味も感じられます。

ブリ大根は肉厚な背の身を使います。ブリと大根は調理を分けることで、それぞれの味を丁寧に引き出しました。大根は飾り切りを施し、焼いたブリの骨で取った出汁でじっくりと炊き、旨味を染み込ませます。身はかつお出汁でしっとりと程よい食感を残す程度に火を入れ大根とともに皿に盛り付け完成です。
 

尾鷲の郷土料理のひとつ「ブリのべっこう寿司」に着想を得た琥珀(こはく)寿司。焼いた魚の骨から出汁を取り甘く仕上げた濃厚な煮詰めをブリの背の身に塗ります。美しく切り出し巻いた身に煮詰めの照りが引き立ち、見た目も華やかなひと品に仕上げました。

3月〜5月の「匠」、「山紫水明(4月から)」でご提供する予定です。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。

春の御食つ国会席

春は門出の季節。縁起物の伊勢海老、出世魚のブリ、旬を迎える貝を中心とした御食つ国会席をご用意しました。

甘味と食感が愉しめる伊勢海老、脂の乗った三重のブリ、季節の貝類、伊勢まぐろを造りで。焼き物は平貝のバター焼き、伊勢志摩のサザエは身を酒炒りし、醤油で仕上げる壺焼き、伊勢まぐろの炙り焼きです。吸物は答志島の黒海苔の摺り流しとハマグリの真丈。焚合せにはブリ大根やブリの生姜煮と季節の食材を存分にお愉しみください。

料理長のひと品「料理一題」は春ブリをさっぱりといただくみぞれ鍋、伊勢海老の天ぷら、松阪牛冷菜からお好みで。食事は伊勢海老、伊勢まぐろ、季節の貝のにぎり寿司、伊勢まぐろのなめろう茶漬け、魚介の手こね寿司からお選びいただけます。味わい豊かな品々で三重の春を感じるひと時をお過ごしください。

春の御食つ国会席
3月1日(金)〜5月31日(金)
¥33,500 ※4月より¥35,000
※入荷状況により産地が変更になる場合があります。
和食「浜木綿」 ザ ベイスイート4F
ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30)
ご昼食 11:30-13:30 (L.O.13:00/2日前20:00まで)
※ご昼食は4名様から。4月より1週間前までのご予約制。

三重の春のブリと答志島黒海苔 柚子味噌と実山椒

三重の春の訪れを告げるブリを、答志島産黒海苔と合わせました。
海苔は鉄板で熱を加えて香ばしい焼海苔にします。鮮度の良い状態で届くブリの背の身は、マリネをして水分を抜き、旨味を凝縮させて冷凍。ブリは火の入り方で食感が大きく変わるため、食べた時の温度と食感をイメージし、凍った状態から調理を始めます。熱した湯にブリの身をさっと潜らせたら、伊勢の白味噌に三重県産の柚子を練り込んだ柚子味噌を塗り、削った柚子の皮を振り海苔巻きに。柔らかく解ける身の食感、柚子味噌の優しい甘味と柑橘の爽やかな酸味を黒海苔の磯の風味が包み込みます。

実山椒と生姜を利かせた醤油に漬け味を馴染ませた身は鉄板で焼き、香ばしさを加え旨味を閉じ込めます。木の芽を添えて海苔で巻くと、山椒の風味がブリの旨味を引き出しまた違った味わいに。パリっとした黒海苔の食感もお愉しみください。

3月〜5月の「春の味覚ペアディナー」でお召し上がりいただけます。
お二人様 ¥67,000
※4月より ¥70,000

鉄板焼レストラン「山吹」 ザ クラブ2F(要予約)
ランチ(土日限定) 11:30-13:30(L.O.13:00/2日前 20:00まで)
ディナー      17:30-21:00(L.O.19:30/前日 20:00まで)
※水曜日定休。
※ランチは4名様から(4月より1週間前までのご予約制)

 
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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