荒波が磨く、答志島産黒海苔
誇りの継承
志摩時間 2024年春号より
伊勢湾の海流が流れ着く海
伊勢湾には鈴鹿山脈や大台ヶ原などの養分が木曽三川を始めとした川を通じて流れ込みます。
鳥羽市の離島のひとつである答志島は半時計回りの海流である伊勢湾の出入口に位置し、プランクトンとそれを餌とする小魚などが豊富なため、ブランド魚「答志島トロさわら」やしらすなど様々な魚種が獲れる漁業が盛んな島です。
人口は約1750人、島で獲れた新鮮な海産物のグルメを目的に訪れる人も多く、夏は海のレジャーも楽しめる観光地でもあります。また昔ながらの風情ある漁村の町並みも魅力です。
今回、樋口総料理長、栗野料理長が黒海苔の生産に携わる方々を訪ね、漁や加工方法、独特の食文化に触れました。そこには島民の黒海苔への誇りや、島独自の文化を守りたいという強い想いがありました。
良質な黒海苔が育つ、唯一無二の恵みの海
鳥羽駅からほど近くにある鳥羽港の佐田浜乗り場から定期船に乗り30分程で答志島に到着。
答志漁港内にある鳥羽磯部漁業協同組合の社屋で、答志支所運営委員長で海苔養殖業の浜口利貴(はまぐち としき)さん、同じく養殖業の山下敏也(やました としや)さん、長年、海苔養殖の発展に携わってきた漁協の小野里伸(おのざと しん)さんに黒海苔の養殖についてお話を伺いました。
黒海苔の養殖は海苔の芽を付けた網を海に張り、成長した海苔の葉を冬から春にかけて繰り返し摘み取る漁で、浅瀬に棒を刺して行う「支柱式」と、水深がある場所で行う「浮き流し式」があります。
一般的には波が穏やかな場所で行われる黒海苔養殖で浮き流し式を採用する答志島の養殖法は少し違うそうです。浜口さんは「他の地域では、黒海苔の芽を10㎝くらいまで育ててから網に付けますが答志島では3㎜で養殖を始めます。伊勢湾の海流を受ける離島なので養殖場の波が荒く、芽が長いと切れてしまうんです。ですが、荒波のなかで育つ海苔は細くしっかりと葉が凝縮するので色も味も濃く、歯切れが良い。このような場所で養殖を行うのは全国的にも珍しいそうです」。
山下さんは「1.3m×19mに張った網で海苔を約20〜30㎝まで育てたら、摘採機(てきさいき)を積んだ潜り船が網の下に入り摘み取りを行います。波に揉まれながらの作業なので身の危険を感じることもありますよ」と語ります。
伊勢湾は海流の流れの他にも良い黒海苔が育つ条件があるそうです。小野里さんは「冬場は北西からの季節風で、海水が深層から表層に湧き上がる湧昇(ゆうしょう)が起き、三重県沿岸に栄養塩(えいようえん)が供給されます。また、鳥羽の漁場は黒潮由来の外洋水の影響も大きく、伊勢湾からの河川水と混じり合うため豊かな漁場となっています」。
答志島の黒海苔養殖業者は、夏はたこ、秋は鰆などの漁を兼業するのもこの地ならではの特徴だそうです。
答志島の独特な加工方法と食文化
黒海苔を生産する加工場を山下さんにご案内いただきました。
以前は各養殖業者が加工場を持っていましたが品質の安定や産業の将来性を考え、10年前に漁協が出資を行い共同加工場を作ったそうです。
黒海苔の加工工程は一般的にはまず殺菌した海水で水洗いを行い、ゴミや不純物を除去します。その後細かく断裁し、すだれで1枚ずつ正方形に黒海苔を抄き、脱水と乾燥を行います。
答志島では摘み取り後すぐに海苔を冷凍する『葉体冷凍』という作業が昭和50年代から行われています。
一度冷凍した黒海苔を水で解凍しながら、手作業で不純物を取り除く前処理をしてから加工工程を行うことで、通常より水洗いの時間が短くなり、加工中に水に流れてしまう海苔の甘味成分を残すことができるそうです。
市場で評価される美味しい海苔の条件を小野里さんに尋ねると、色の濃さ、風味や甘味に加え「食い切れ」と呼ばれるパリっとした食感が重要だと教えてくれました。
実際に黒海苔を味わって欲しいと、浜口さんと小野里さんが島の食堂へと案内してくれました。テーブルには海苔とともにしらすや刺身も並んでいます。
浜口さんは「答志島では、何でも海苔に巻いて食べる食文化があるんです。ご飯やおかずだけでなく和菓子やフルーツ、私の娘はケーキにも巻いて食べます。それがね、合うんですよ」。しらすを海苔と味わう栗野料理長は「しらすの塩味や旨味、海苔の風味と食感。これは美味しい」と話すと「絶妙な歯ざわりと風味のある答志島の海苔だからこその味です」と浜口さんは誇らしげに話します。
絶やさない覚悟と新たな挑戦
海苔養殖を家業とする浜口さんの祖父が答志島で黒海苔養殖を始め、一時は18軒いた養殖業者も現在は7軒。地球温暖化による海水温の上昇で収穫量が減少、全国でも黒海苔の生産量は減っているそうです。
そんな中、答志島で次世代の黒海苔養殖を担う後継者、山下晃(やました あきら)さんと山下翔平(やました しょうへい)さんにお話を伺いました。
晃さんは「浜口さんから『生産量が安定せず今はしんどいけど、単価は上がってきている。需要はあるから続ければきっと上手く行く。続けて欲しい』と言われたことが大きかったです」と話します。
翔平さんは「課題は海水温の上昇だけでなく、海苔の餌となる伊勢湾の養分が環境の変化により減っていることもあります。2年前から鳥羽の若い海黒海苔養殖業者や漁協職員が集まり、行政や関連機関に海の環境改善の対応を要請するなど 『伊勢湾の復活』を目指すために動き始めました」。
黒海苔養殖34年の浜口さんは「答志島はこれまでイカナゴや鰆など時代や環境に合わせた漁業方法を開発し発展してきました。黒海苔も今頑張れば未来があります。彼らには地元の誇りを伝え続けて欲しいです」。
樋口総料理長は「答志島で受け継がれてきた技と想い。質の高い黒海苔はもちろん、島の食文化も魅力あるものでした。ぜひ多くの方に知っていただきたいですね」。
総料理長 樋口 宏江 | 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。 |
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リアン・山吹 料理長 栗野 正也 | 2020年志摩観光ホテル 鉄板焼山吹 料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼を提供。 |
総料理長がお届けする春の料理 樋口宏江の料理ストーリー
答志島の魚 柑橘ソース 黒海苔巻き
自然の恩恵を受けて育つ様々な魚や海藻。そんな鳥羽、答志島の海の様子を表現したいと考えました。島に暮らす方々が様々な食べ物を海苔で巻くという食文化を体験できたのも貴重でした。お話を伺い、自分達が作る物を大事に、誇りに思っていることが伝わりましたので、それを料理で再現してみたいとお作りしたひと品です。
黒海苔にチーズと答志島産のしらすを乗せ、熱を加えパリっとした食感と香りを引き立たせます。そこに答志島の季節の魚、柑橘の爽やかな酸味、マイクロハーブの彩りで春の訪れを表現しました。鳥羽の地味噌をアクセントに加えた柑橘風味のマヨネーズソースが全体の味わいをまとめます。くるくると巻いてお召し上がりいただくことで味や香り、食感が重なり、鳥羽の海の豊かさを感じていただければと思います。
※入荷状況により提供期間が変わる場合があります。
フレンチレストラン「ラ・メール」 | ザ ベイスイート5F ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30) |
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和食総料理長がお届けする春の料理 塚原巨司の料理ストーリー
黒海苔包み揚げ 雲丹と真珠貝
伊勢湾の恵みで育つ答志島産黒海苔の魅力を、それぞれ違う調理法で表現しました。
真珠の産地、志摩ならではの真珠の母貝(アコヤ貝)の貝柱とウニ。それぞれを黒海苔で巻き天ぷらにします。半生のウニのとろける食感と高級珍味でもあるアコヤ貝の貝柱の甘味を、黒海苔の風味とともにお召し上がりください。
黒海苔の摺り流し
「黒海苔の摺り流し」は磯の風味を活かしたひと品。同じ伊勢湾で獲れるハマグリを、ハマグリの形に見立てた魚のすり身で包んで蒸し焼きにする真丈で身の旨味もしっかり閉じ込めます。豊かな風味とほのかな甘味、ミネラルや食物繊維などの栄養も豊富で「海の野菜」とも称される黒海苔。春を告げるハマグリとともにご賞味ください。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
和食「浜木綿」 | ザ ベイスイート4F ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30) ご昼食 11:30-13:30 (L.O.13:00/2日前20:00まで) ※ご昼食は4名様から。4月より1週間前までのご予約制。 |
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志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。