職人の探求心

志摩時間 2023年冬号より

三重県の県都である津市は、県の中央にあり市街地の東側に伊勢湾、西側は奈良県との県境に山脈が連なる自然にも恵まれた場所です。

今回伺った前川果樹園は津市高野尾町(たかのお)の丘陵地にあり昭和初期から柑橘などの栽培が行われています。約90年の歴史を持つ前川果樹園の果物は収穫体験のほか、果樹園や道の駅などで直接販売されています。

ほぼ1年を通して果物があること、そして味はもちろん園主の人柄に魅かれ県外からも多くのお客様が訪れます。

果樹園で育つ7種の緑の果物を「美津みどり」と命名

またキウイや柑橘などの7品種を「美津みどり」という名で商標登録し、「美し国、津市産のみどり色のくだもの」としてブランド化、地域の活性化へ繋げる取り組みも行っています。

樋口総料理長、塚原和食総料理長、栗野料理長と果樹園を訪ね、老舗果樹園の歴史や長く大切にしている果物づくりのこだわりをお聞きしました。そこには地域を想う、あたたかな気持ちがありました。

昭和7年、山林を開墾し創業した前川果樹園は4代目の園主である前川 温(あつし)さんが3代目の父 哲男さん、母 やそ美さんとともに運営。約2ヘクタールの敷地でキウイ、柿、柑橘など約30種類の作物を栽培しています。

先代の哲男さんは三重県農業研究所の研究員として勤めていた経験から品種拡大に取り組みました。現在は柑橘類だけでも15品種、柿は6品種も育てているそうです。

前川果樹園3代目の哲男さんとやそ美さん

「お客さんの声に応えていたことと、私自身が新しい品種を育てることが好きなんです」と哲男さんは微笑みます。

直売所も担当するやそ美さんは「2世代に渡って毎年のように通ってくれるお客様もいるんです。家族に会うような気持ちになり嬉しいですよ」。

大きな柿の木が並ぶ

続いて温さんが皆さんを果樹園へ案内してくれました。
柿の畑には幹の周りが約2メートルもある太い柿の木が並びます。

「創業当時に植えた樹齢90年の木です。今でも沢山の柿が採れます。幹が太く養分をよく吸うので味が濃いですね」。

塚原和食総料理長は「長寿の柿の木はその生命力も味に繋がっているんですね」と大木を見上げます。
 

樹齢90年の柿の木

ほぼ1年を通して果物を作っている前川果樹園。繁忙期以外は家族3人で敷地を管理していることから、日々の仕事にも効率化と工夫を欠かしません。温さんは「刈った草や枝をそのままにしておくと菌が発生し果樹に繁殖することがあります。そこで草や枝を粉砕機で細かく砕き、養分として土に還すことで循環型の農業にも繋げています」。

栗野料理長は「歩くと土が柔らかく、よく手入れされた果樹園だと分かります。楽園のような雰囲気で、無駄のない循環も自然に優しい取り組みですね」。

前川果樹園のキウイについて樋口総料理長は「味が濃く、しっかりと甘味があるのでお客様に驚かれます」。

哲男さんは「当園では爽やかな甘さの『スイーツキウイ』、甘味が濃厚な『香緑(こうりょく)』、キウイの原種で野生でも育つ『さるなし』の3種を育てています」。

自社ブランド「美津みどり」の名付け親でもあるやそ美さんは「キウイの緑色がとてもきれいで美味しいと評判が良いんです」と話します。

畑に伺うとたわわに実る大きなキウイ。形状は楕円で扁平型です。

温さんは「キウイは大きく育てると扁平型になり、甘味は強く、味も濃くなるんですよ」と説明してくれました。キウイはひとつの結果部分に3つの蕾が付くので、その中のひとつだけ残す摘蕾(てきらい)を行うことで、実に味を凝縮させます。

そこから約6ヶ月かけてじっくり育てます。収穫したキウイはエチレンガスが出るリンゴと一緒に袋に入れて追熟させるそうです。

樋口総料理長は「前川さんから送られてくるキウイには袋ごとに番号が書かれていて、そのキウイがいつ食べ頃なのかが分かるようになっています。お客様に最も美味しいタイミングでお出しできるので、ありがたいですね」と笑顔で話します。

最後に温さんに今後の夢を教えてもらいました。「直売所と観光農園は直接お客さんと顔を合わせることでができ、果物作りの励みになります。これからも多くの方に果樹園にお越しいただき地域を周遊するきっかけになれば嬉しいですね。そのために築き上げてきた、美味しさへのこだわりを貫きたいです」。

こだわりの果実を求めて〝美し国三重〟へ。
美味しい食べ物は人を幸せな気持ちにすることを改めて感じたのでした。

左から塚原和食総料理長、やそ美さん、温さん、樋口総料理長、哲男さん、栗野料理長

総料理長 樋口 宏江 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。
和食総料理長 塚原 巨司 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル 和食総料理長に就任。 
リアン・山吹 料理長 栗野 正也 2020年志摩観光ホテル 鉄板焼山吹 料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼を提供。

伊勢海老ソテー ヴァンブランソース キウイを添えて

前川果樹園さんが育てた津市産キウイを伊勢海老と合わせました。

ソテーした伊勢海老に白ワインをたっぷり使ったヴァンブランソース、濃厚なアメリカンソースのふたつの味を重ねます。食べ頃を迎えたキウイも軽やかなソースに。裏ごしした果実と、煮詰めたジャムを合わせることでキウイの凝縮した甘さ、生の果実のフレッシュな酸味と香りが伊勢海老を引き立てる一皿です。

見た目にも、前川果樹園さんがこだわる美しい緑色を表現しました。まるごと揚げたキウイは、皮のサクサクとした食感と、熱を加えることで、味の輪郭がはっきりとした果実の甘味と酸味を愉しめます。

冬に旬を迎えるキウイと伊勢海老。三重県ならではの新たなガストロノミーのひと皿です。

12月〜2月の「アバンタージュ」「エレガンス」「デギュスタシオン」コースでご提供する予定です。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
フレンチレストラン「ラ・メール」 ザ ベイスイート5F
ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30)
※現在営業時間を一部変更しています。

 
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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