竈方の塩

製造段階で異なる塩の味を活かす

志摩時間 2022年春号より

南伊勢町

伊勢の南の玄関口である南伊勢町にはリアス海岸沿いには38の集落が点在しています。
 

その中で「竈(かまど)」という漢字が使われている7つの集落は竈方集落と呼ばれ、源平合戦の後に移り住んだ平家の子孫が暮らしています。
 

御証文の受け渡し儀式を行う八ヶ竃八幡神社

子孫の証である御証文には、竃方共有の財産である山の権利や由来が書かれており、今も八ヶ竃八幡神社(はちかがまはちまんじんじゃ)で、厳粛な御証文の受け渡しの儀式が行われています。

系図や製塩に用いた薪を切り出す山の権利などが書かれている御証文

竈方集落は海沿いにあるものの平家が開いた集落で漁業権を持たなかったため、約400年前までは塩作りなどで生計を立てていました。「竈」という字は塩を炊く竈を意味します。

現在南伊勢町は過疎化が進んでおり、竈方集落の「棚橋竈(たなはしがま)」もそのひとつで昭和30年代には250人程いた人口が今や24人。このままでは村の歴史が消えてしまうとの住民の危惧から伝統を復活させ集落を活性化させることを目的に、昔ながらの塩作りが2019年から始まりました。
 

棚橋竈集落にある製塩小屋で塩をつくる村田さん

樋口総料理長、杉原シェフソムリエ、栗野料理長、川口チーフバーテンダーが塩作りを行う竈方塩づくり振興協議会代表の村田順一さん、南伊勢町役場の小山将彦さんを訪ね、製法や味、そして竈方集落の歴史や想いについてお聞きしました。

塩を試食しながら村田さんの塩作りの話を聞く皆さん

湾と山に囲まれた棚橋竈。旧小学校跡地に建てられた製塩小屋の中は、4基の塩釜を炊く薪の煙が立ち込めています。竈方の塩は同町内の阿曽浦の海水を使っており、約80ℓの海水から約2㎏の塩ができます。

樋口総料理長が「薪で炊くのには理由があるのですか?」と尋ねると「薪で火加減を調整しながら炊いていくことで、粒の大きい塩ができます」と村田さん。
 

炊き上がった塩は「塩の花」が咲くと表現される

塩づくりは朝5時半からはじまり6時間ほどかけ炊き上げます。次に約3日間天日干しを行い、海水に含まれる苦味を飛ばします。「天日干しを終えたばかりの塩は塩味(えんみ)が際立つので、梅干しなどの漬物に使うと美味しくなるんですよ。この後、塩を焼く『焼成』を行って味を調えます」。塩は1㌕毎に4〜5時間かけて200度以下で加熱(焼成)することで辛味が抑えられ、ほのかな甘味や潮の香りを残した、まるみのある味に仕上がります。
 

塩作りを体験する樋口総料理長

焼成前後の2つの塩を食べ比べた樋口総料理長は「確かに焼成前の濃い塩は素材の仕込みに良さそうです。焼成後はまろやかで味わいが全く違いますね」。今回竈方の塩を使ったカクテルを考案する川口チーフバーテンダーは「焼成後の塩はさらさらしていて口溶けが良いですね」とそれぞれイマジネーションが働いている様子。「竈方の塩は、カリウムやマグネシウムを豊富に含みミネラルバランスが良い焼き塩で、コクがありまろやかな味との評価を頂きました」と村田さん。鉄板焼きでは、素材を塩で味わっていただくことも多いという栗野料理長は「この塩を使って桜塩を作ってみるのもいいですね」と話すと村田さんは「南伊勢町の町花は桜。ぜひお願いします」と、生産者と料理人の会話が弾みます。
 

製塩小屋

製塩小屋に隣接する資料館で竈方祭について話す小山さん(左)と杉原シェフソムリエ、樋口総料理長

塩づくりの取り組みを支える南伊勢町役場職員の小山さんに竈方の塩ができた経緯を伺いました。

「この地域独特の歴史、人々のルーツを絶やさないため、途絶えていた古式による竈方祭を約半世紀ぶりに一度だけ復活させ、その様子を映像や写真に残そうというのが始まりでした。そうすることで、竈方集落の伝統と誇りを繋ぐことができるのではと考えたのです」。
竈方祭の復活に向けて動きだすと各集落の区長などから成る「竈方文化保存振興協議会」が設立されました。
 

竈の漢字と平家の武士をモチーフにした竈方の塩は製塩小屋でも購入可能

平家という同じルーツを持つ竈方の人々の志気が高まり、様々なプロジェクトがスタートするきっかけになったのです。「伝統は失ってしまったら取り戻すことができません。長年竈方集落に生きてきた人々の歴史と誇りを残していきたいんです。」と村田さん。話を聞き杉原シェフソムリエは「塩の背景にある伝統や文化に感動しました。この場所に来ると、遥か昔の人々の暮らしが見えるようですね」。村田さんは「ここでは製塩小屋の見学もできますし、竈方の塩の販売もしています。塩をきっかけに、多くの方が竈方に興味を持ってもらえれば嬉しい限りです。これからは移住者など塩作りを受け継いでくれる人を増やすことが目標。この場所を知って応援してくれる人の期待に応える、美味しい塩を作り続けます」。人口減少という日本各地の共有の課題を持ちながら、塩作りをはじめとした新たな取り組みによって、南伊勢町は再び活気を取り戻しつつあります。ここは日本の地方の未来像なのかも知れません。
 

左から栗野料理長、杉原シェフソムリエ、村田さん、小山さん、樋口総料理長、川口チーフバーテンダー
総料理長 樋口 宏江 2014年に志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞に女性初、三重県初の受賞。
シェフソムリエ 杉原 正彦 2011年全日本最優秀ソムリエコンクールセミファイナリストなど数々のコンクールで入賞。伊勢志摩サミットでは、日本ワイン選考委員会メンバーと飲料サービス責任者を担当。
リアン・山吹 料理長 栗野 正也 2020年志摩観光ホテル鉄板焼き山吹料理長となる。多くの現場経験を活かし、カウンターでの会話と臨場感を愉しめる鉄板焼きを提供。

ナンゼリータ

ナンゼリータ

左:香塩茶 右:揚羽蝶

塩と柑橘は、カクテルでは相性の良い組み合わせ。今回は竈方の塩づくりに感銘を受けた川口チーフバーテンダーがオリジナルカクテルを考案しました。
平家の家紋は揚羽蝶(あげはちょう)。ピンク色のカクテルには、優しく誇り高き人々をイメージし「揚羽蝶」と名付けました。南伊勢町の花である「桜」は、さくらんぼの砂糖漬け、桜の葉の香りを感じるリキュールで表現。南伊勢町の柑橘、竈方集落で作られる日本酒「道行竈」を合わた一杯です。
香ばしい三重県産棒ほうじ茶と抹茶のカクテル「香塩茶」は、ほのかなお茶の苦味に生クリームを加えた甘味を、竈方の塩が引き立てるノンアルコールカクテルです。
塩を使ったカクテルの定番マルガリータをアレンジした「ナンゼ(南勢)リータ」は、伊勢のクラフトジン「伊勢神」をベースに、南伊勢町五ヶ所みかんの優しい甘味と柑橘の酸味でまとめました。さらりと溶ける食感、まろやかな味わいの竈方の塩と、自然や食材が豊かな三重の魅力を詰め込んだカクテルです。
 
揚羽蝶 香塩茶 ナンゼリータ 各1,250円 3月よりカフェ&ワインバー「リアン」でお召し上がりいただけます。
チーフバーテンダー 川口 隆弘 フレンチ、中国料理など料飲部門を幅広く経験。70周年記念カクテルをはじめとしたオリジナル商品を考案。HBAシニアバーテンダー、HRS西洋料理テーブルマナー講師。
取材日:2021年12月

伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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