ホテルが設立された時代を感じられる「ザ クラブ」

ホテルが設立された時代を感じられる「ザ クラブ」

志摩時間 2021年夏号より

村野藤吾先生(撮影:多比良敏雄)

風光明媚な英虞湾を望む高台に建つ志摩観光ホテルは、日生劇場や迎賓館本館(旧赤坂離宮)などを手掛けた昭和を代表する建築家、村野藤吾氏が設計、60歳の時に竣工したものであり、歴史的にも価値がある建物として建築の分野でも紹介されています。

「ザ クラブ」、「ザ クラシック」は和風、欧風、モダニズムとすべての建築スタイルが調和し、巧みにそれらを織り交ぜたオリジナリティーのある建築の魅力が感じられます。また建物の他にも村野氏はホテル内の家具のデザインも手掛けており、その空間に集う人々にも思いを馳せていたことがわかります。ホテルの随所で見られる村野作品の魅力と建築美について、村野氏を研究している京都工芸繊維大学の笠原一人先生のナビゲートで迫ります。

笠原 一人 先生

笠原 一人 先生

京都工芸繊維大学 デザイン・建築学系 助教。一般社団法人 住宅遺産トラスト関西 理事。近代建築史、建築保存再生論専攻。村野藤吾を中心に、近代日本の建築家について展覧会やシンポジウムの開催、書籍の編集などに取り組む。

1951年、村野氏が設計した海軍将校倶楽部(鈴鹿市)を移築して、賢島に建てられた志摩観光ホテルの現「ザ クラブ」。移築の際には起伏のある地形に合わせ建物の階を増やすなど、改築も行われています。

「ザ クラブ」2階へと繋がる階段

開業時のホテルの玄関であった「ザ クラブ」入り口から2階へ続く階段も移築時にホテルに合わせ作られたもので、この階段に村野氏らしいデザインが表れていると笠原先生は話します。「村野先生は、その場所を使う人がどんな気持ちになるのかを考える建築家でした。例えば階段を降り終わる前に踊り場がある。それは飛行機の着陸と同じ原理で、パイロットは陸に着く直前に機体の角度を緩やかにすることで滑らかに着地し、揺れを抑えます。踊り場があると、階段を降りる人が一息つくことができ、降り終わってからもスムーズに歩き出せるのです」。また、階段の手すりを直角や直線で終わらせるのではなく曲線にしたり、あえて一部を前に出すことで建物のなかに繋がりを作り、空間に連続性を持たせることが村野氏の表現するモダニズム※なのだそうです。
  • 欧州で産業革命後に伝統様式を否定して生じた新しい建築のあり方。鉄やコンクリート、ガラスを多用し、装飾を排除した抽象性の高い形態を用い、機能性や合理性を追求した建築。これにより建築の世界に革命が起きた。

回遊型の開放感のある吹き抜け

「ザ クラブ」の吹き抜けにもまた村野建築の特徴が見られます。「梁や柱を見せるのは和風の建築です。そこにあるペンダントライトは欧風、ブリッジを挟んで地下と2階を流動的に繋げる空間演出はモダニズム。3つの要素をひとつの空間に溶け込ませるのも村野先生らしい高い技術とデザイン力ですね」。

カフェ&ワインバー「リアン」味わいのある空間デザイン

カフェ&ワインバー「リアン」に入るとバーカウンター側は天井の高さを活かした開放的な造り。一方、庭園を眺める客席部分は横方向の空間を感じるパノラマの眺め。そして両空間の上部は、漆喰の壁で仕切られています。「壁を設け空間を意識的に切りながら、穴を開け向こう側を見せることで部屋のなかに変化と連続性が生まれています」。また、海軍将校倶楽部時代に使われ、2階部分から客席に迫り出すオーケストラボックスも特徴のあるデザインです。「村野先生の特徴として、重力に抗う、つまり宙に浮くように軽く見せる技法を用いることでエレガントな印象に仕上げています」。

「ザ クラシック」ロビーの天井

「ザ クラシック」のロビーは2016年の改装後も、趣のある落ち着いた雰囲気を残しています。「天井の木の使い方は大和張りという数奇屋造り風の古い建築技法です。村野先生は意識的に郷土感のあるデザインも取り入れています」。

「ラ・メール ザ クラシック」の空間技法について話す笠原先生

そして次に向かったのはレストラン 「ラ・メール ザ クラシック」。最大230席あった大空間ですが風格がありながらも軽やかな印象で不思議と圧迫感や画一感がないのは、村野氏が設計した椅子などの家具にも理由があるといいます。「椅子の脚を床に近いほど細くすることで軽い印象を持たせ、背や肘掛けにあるすき間は視覚を遮らず〝抜け〟ができます。天井もエリアを分けていて窓側や別室に繋がる場所で高さを微妙に変えています。このように層にすることで同じ空間を異なる領域として区切り、かつ意識は風景に向かうように設計されています」。

1969年に建てられたザ クラシックの外観にも村野建築の特徴が散りばめられています。「200室もあるホテルを建てるとき、欧風建築の考えでは最初に大きな箱を作ってその内側を分割するという発想となりますが、村野先生はいくつかの棟を継ぎ足していくという日本建築を意識した雁行型(がんこうがた)構造としています。鉄筋コンクリート造でデザインは和風の外観。そこに各階に庇(ひさし)を付けることで縦のスケール感を抑え、壁面には梁を意識させる凹凸をデザインしています。建物の四隅にはすき間を作り、圧迫感を無くし、向こう側に光を感じさせることで風景との繋がりも演出しています」。

「ザ クラシック」建設前の検討段階の立面図。
地形や既存の建物と外観のバランスが慎重に検討されている。
(所蔵:京都工芸繊維大学美術工芸資料館)

「ザ クラシック」の屋上にある塔屋

さらに笠原先生は、屋上にある塔屋の屋根にも注目。「小さな建物なのに屋根が層になっています。そして屋根の先を折り曲げることで優しく見せる。建物の下部を凹ませてコンクリートなのに軽く見せる。見えづらい部分にこんな細やかな仕事をするのは村野先生くらいです。例えるなら、仕立ての良いスーツの下地や裏地の隅々にまでこだわっている感じですね」。

笠原先生が村野建築に感じる魅力とは。「遠目でも近くで見ても建物に表情がある。何とも言えない面白さがあります。また空間を切ったり繋げたりしているので変化があって味わい深い。注意深く建物を観察すればその分だけ魅力を発見できるという村野先生の仕事には、日本人ならではの奥ゆかしさも感じます」。

「ザ クラシック」宴会場「真珠の間」にある花をモチーフにした照明

そして村野氏が晩年に手掛けた大宴会場「真珠の間」へ。
村野作品は晩年になるにつれ、そのデザインには華やかさが加わり花をモチーフにした装飾なども施したそうです。最後に笠原先生に村野氏の意を今に活かす志摩観光ホテルについて感想を聞きました。「時代の名作が今も大切に使われています。そして村野先生の50代から晩年までの作品が一堂に会しているのは、志摩観光ホテルならではの魅力です。細部までじっくりと味わって欲しいですね」。建物全体を村野藤吾という建築家の作品として味わうことで、ホテルの歩んだ歴史も感じることができます。
取材日:2021年5月

伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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