変わる海、変わらぬ思い
自然に抱かれ、ともに生きる
志摩時間 2021年春号より
三重県東紀州地域にある尾鷲市は、年間降水量が全国1位や2位になる程雨が多く、森の養分を豊富に含んだ水が流れ込むことでプランクトンが育ち豊かな海を作っています。熊野灘に面したリアス海岸の一部の森は、生物多様性の維持や漁業資源の保全のため、原則的に伐採を禁止する「魚つき保安林」に指定されており、良い漁場を維持するための森の環境を守る取り組みが行われています。
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尾鷲は黒潮に乗ってやってくるブリやカツオなどが捕れる小さな漁村部から大きな港まで点在している港町です。なかでも最も水揚げが多い尾鷲港では、底引き網漁、釣り漁、定置網漁など漁法が多く、魚種が豊富なことが特徴です。ガスエビ(ヒゲナガエビ)、テナガエビ、うちわエビなどのエビ類も多く捕れそのほとんどは地元で消費されています。2代にわたり尾鷲で魚店を営む岩崎魚店の岩崎肇さんを訪ね、港町に昔からある海との暮らし方や、変わり続ける海との付き合い方など、地域と食が支え合う姿をご紹介します。
「海まかせ」 という港町の暮らし方。
左から塚原和食総料理長、樋口総料理長、岩崎さん、杉原シェフソムリエ、栗野シェフ。
尾鷲港にて
朝7時の尾鷲港。入札が始まると、岩崎さんの魚の目利きを信頼する多くの客から電話が鳴り続けます。「今日は魚おらんわ」。尾鷲に限らず温暖化などによる海水温の変化で魚の捕れる時期も変わり、さらに今年は例年に比べ雨が少ないことも影響してか、魚が少ないと漁師は話しているそうです。変わり続ける海という自然。「雨が少ないと山の養分が海に入らないから、魚の食物連鎖の元となるプランクトンが育たないんよ」。
尾鷲港にある岩崎さんのイケスの前で魚談議
それでも漁船や漁村から魚を積んだトラックが到着するたびに入札が行われ、ハガツオ、太刀魚、赤カマス、アカイカ、時には鮫など少ないながら様々な魚種が並んでいます。「魚が少ないと値も張ります。でも誰かが買わんと、漁師は漁に出られません」。だから岩崎さんは需要の少ない魚であっても競り落すのだと話します。「あるときはある、ないときはない」。そんな自然に委ねる「海まかせ」という考えが港町には根付いており、尾鷲の多くの魚店はその時に捕れた魚を干物に加工するなど海の恵みを無駄にしない商いを続けています。「豊洲のような都市の市場と違い、欲しい魚が揃わない。でも私の仕事は漁師が捕った魚を残さず売ることなんです」。そして漁師も昔から漁法を守るなど自然への敬意を忘れません。
11月初旬から6月中旬まで、尾鷲ではブリが豊富に揚がり港が賑わいます。昔から行われている大敷網漁という漁法は長さ約千mの網を魚の通り道に仕掛け、魚が前に進み続ける習性を利用し、網の先端にある落とし網に誘導します。網に残った他の魚は海に戻る仕組みになっているため仕掛けた網全体の数%しか捕れません。先人の知恵が生んだ地球に優しい漁法が今も行われています。
自然からの贈り物。個性を輝かせること。
入札が終わった午前9時、港の近くにある店では、すでに多くのお客さんで賑わっており、地元の料理店や寿司店などの常連さんの姿も。岩崎さんには注文の電話が鳴り続けています。「朝はいつもこんな状態なんですよ。もう忙しくてね。うちは料理屋さんだけじゃなく、一般のお客さんも結構買いに来ますよ」。
尾鷲港で水揚げされ岩崎魚店に並ぶガスエビ
地元の人に人気なのはガスエビ。甘みと旨み、香りも強く、食通も呻る美味しさ。岩崎さんはガスエビが大漁のときは、一日で150㎏を仕入れますが、すべて売り切れてしまうそうです。樋口総料理長もその味に惚れ込み、3年前から使っています。「知る人が少なく、食べる人も限られている。こんなに美味しい尾鷲のエビや魚たちを料理し、知ってもらうことが、食を通じて地域の魅力を伝えるという私たち料理人の大事な役割です」と樋口総料理長。岩崎さんは「こちらは海にあるものしか出荷できません。実は以前、樋口さんから魚の注文があったのですがあいにく不漁で希望の魚を届けることができなかったんです。でも樋口さんは「その日の魚を送ってくれたら大丈夫」だと言ってくれました。その時届けた〝カマス〟を使った樋口さんの料理をいただく機会があったんですよ。それが素晴らしいフレンチになっていたんです。とても感動しました」。
樋口さんは「海から届く魚は、望むものでなくても私たちにとって特別なものです。自然からの贈り物を、技術と工夫でお料理に仕立てお客様に喜んでいただくことが大切だと思っていますし、どんなひと皿にしようかと考える時間はとても愉しいんですよ」。自然や生産者にも優しい「海まかせ」というスタイルと志摩観光ホテルの樋口流「海の幸フランス料理」は、これからも続いていきます。
東紀州、黒潮の恵み ガスエビを様々な形で。
甘エビよりも甘く、旨味が強いガスエビの特徴を活かしたひと皿です。まずは、温かなお出汁をひと口。神様のお食事とも言われる「神饌」にも使われる志摩産カツオ節の旨味が料理の始まりを演出します。ガスエビのタルタルはその甘味を活かし薄切りにしたリンゴで巻いたものと、キャビアの塩味をアクセントにした2種をご用意しました。フリットはガスエビと大葉を一緒に包み、揚げることで旨味を閉じ込めます。ソースには南伊勢産の不知火(デコポン)を使い、柑橘のさわやかな酸味を合わせました。 東紀州の貴重なガスエビの魅力は、ぜひエレガントなシャンパンとご一緒にお愉しみください。 <3月・4月の「デギュスタシオン」コースでお召し上がりいただけます>
レンチレストラン「ラ・メール」 ザ ベイスイート5F
ディナー 17:30-22:30(L.O.20:30)
総料理長 樋口 宏江 1991年志摩観光ホテル入社。2008年ベイスイート開業とともにフレンチレストラン「ラ・メール」のシェフとなる。2014年に志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞に女性初、三重県初の受賞。
取材日:2020年12月
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志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。 そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。
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