海女さんと鮑
鮑を巡る、漁村を旅する。
志摩時間 2018年夏号より
二千年以上も前から伊勢神宮には熨斗鮑(のしあわび)が献上されています。その歴史には、伊勢神宮(内宮)を創建したとされる倭姫命(やまとひめのみこと)が国崎を訪れた際に、鮑の美味しさに感動し、以後伊勢神宮に献上するよう命じられたという伝説があります。今も国崎には、熨斗鮑をつくる伊勢神宮御料鰒調製所(いせじんぐうごりょうあわびちょうせいしょ)が存在します。 夏の漁村。朝の光がキラキラと輝く海。原付バイクに乗った年齢も様々な海女さんが、次々と港へやってきます。「漁は順調ですか?」と聞くと「今日はまぜ(南風)やで漁に出られるかな」と、海女さんは海を見つめます。鮑は今も変わらず、そのほとんどが海女さんの手によって一つひとつ捕られており、「鳥羽・志摩の海女漁の技術」は2017年、国の重要文化財に指定されました。 ダイナミックな自然が織り成すリアス式の志摩半島。海中もリアス式で、様々な海藻が生い茂る、まるで海の森のような場所も。海藻に恵まれ、それをえさとする鮑が生息していくための絶好の環境が整っています。今回は三つの漁村を巡り、三重ブランドにも認定されている鮑のお話しです。
布施田fuseda(志摩市)
重たくて両手で持ち上げるのが難しい程の鮑とサザエ
鮑やサザエをいっぱい持った海女さんが次から次へと出入りし活気づく、小さな市場。素早い動きでカゴに仕分け、ズルズルと引きずり測量へ向かう。「あんた、ようけ持ってきてー」、「あんたもやんかー」とあちこちで海女さんたちの声。そしてどこか嬉しそう。ここへ来て数分だが出会った海女さんは20名程だろうか。伝票を受け取ると即、移動。そうしないとここは、海女さん渋滞が起きてしまうのでしょう。
和具wagu(志摩市)
港から船に乗り込む
和具の海女漁は年間50〜60日、午前と午後の二回。朝十時くらいに船で近くの無人島に渡り、一時間〜一時間半潜る。潜る時間が決まっているのは、乱獲を防ぎ資源管理をしたり、海女さんの体力を考慮してのこと。戻ると海女小屋で火を灯し、冷えた体を温める。ウェットスーツから着替え小屋に入り「あーつかれた」と一人がいうと、小屋にいた三人の海女さんは笑った。小屋でお弁当、おやつは隼人芋の焼き芋。隼人芋の干し芋は「きんこ」と呼ばれる志摩の郷土食です。おしゃべりしながらの楽しいひととき。それにしても海で素潜りの仕事。今まで身の危険はなかったのでしょうか?
「若い時は深い所まで潜っていてね、息が苦しくても鮑を発見するとつい無理して。そうすると船までのあと一㍍がしんどくてねー」
海女さんと子育てとの両立は大変だったのでは?
「子育てに海女は最高。だって社長出勤でしょ」そういうと、他の海女さんたちも笑った。
倭姫命(やまとひめのみこと)へ鮑を差し出したといわれる伝説の海女「おべん」の末裔は今も国崎に実在しています。そんな国崎を総料理長の樋口さんと巡りました。
伊勢神宮に献上する熨斗鮑(のしあわび)を作る、伊勢神宮御料鰒調製所(いせじんぐうごりょうあわびちょうせいしょ)の前の海岸(前の浜)には海藻がいっぱい。
打ち上げられていたワカメやアラメを見ていると「鳥羽や志摩の鮑漁が昔から盛んなのは、伊勢湾と熊野灘が交じり、鮑のえさである海藻が豊かに育つ環境だからです」と、同行してくれた地元の方は語ります。
海女さんのウェットスーツ
伝説の海女「おべん」が祀られている海士潜女神社(あまかずきめじんじゃ)へ向け、漁村の細い路地を歩いていると一人の海女さんに出会いました。鮑を捕る海女さんたちにはそれぞれの漁村で乱獲を防ぎ、鮑漁を続けるための決まりごとがあります。国崎では漁業権を持つ家には一家に一着のウェットスーツが支給され、漁ではそれを着用しなければいけないというルールを設けることで、鮑などの資源管理をしていると教えてもらいました。近年叫ばれている「持続可能な開発目標」(SGDs・P7参照)。海女さんたちは古くよりそれを行ってきたのです。
※持続可能な開発目標(以下SDGs)とは、2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年~2030年の15年間で達成するために掲げた目標です。SDGsには「貧困をなくそう、飢餓をゼロ」などの17の目標があります。その一つに「海の豊かさを守ろう」という目標があります。
海士潜女神社
海士潜女神社に到着。ここはトモカズキメと呼ばれる海の魔物や、潜水中のめまい除けにご利益があるとされ、海女はもちろん最近ではダイバーなども参拝に訪れます。また毎年七月一日に伊勢神宮より舞姫が訪れ舞楽奉納が行われます。
国崎漁港の夕焼け
神社を後にして国崎漁港へ。取材を終える頃には美しい夕焼け。樋口さん、漁村を巡りいかがでしたか?
「海藻の豊富な場所。それはリアス式の地形などが育む豊かな海。その海藻を食べる鮑だからこそ美味しくて、えさの海藻との相性がいいのだと、ここへ来て実際に見たり教えていただくことで改めて実感しました」人々が自然を大切にすることで最高の食材が育ち、その食材が地域を支えるという古くからの循環。美しい日本の原風景がある志摩半島には、そんな環境が今も残っています。
40年以上続く、伊勢志摩のローカルガストロノミー。
鮑ステーキ ブールノワゼットソース
<鮑ステーキ ブールノワゼットソース>
この地に眠る食の可能性を広げた料理の一つが「鮑ステーキ」。ナイフを入れるとスーと切れる程の柔らかい食感と舌をたどる鮑の旨み。焦がしバターの香ばしい風味が口に広がると「これが志摩観光ホテルの名を知らしめた味」と実感。
昭和三十年代に生まれた鮑ステーキは、鮑という伊勢志摩の宝を料理の力で世の中に伝えることに情熱を注いだ、先々代総料理長が今の形を完成させました。日本料理の技法からヒントを得たという、鮑を大根と一緒に煮込むことでその絶妙な柔らかさを生み出しています。伊勢志摩の食の豊かさを伝えるローカルガストロノミーの精神は今も守られ、伝統となって育まれています。
伊勢志摩の旬と「海の幸フランス料理」
鮑の海藻蒸し 海藻風味のジュのソース
<鮑の海藻蒸し 海藻風味のジュのソース>
鮑を口に運ぶとふわっと広がる磯の香り。目を閉じると巡った漁村の美しい景色が浮かびました。「あぁ私は今、伊勢志摩の自然を食している」と実感。海藻を食べて育つ鮑を海藻と一緒に蒸します。鮑にとってそれは運命的な相性。伝統的な下処理方法はそのままに、蒸すことで更に柔らかな食感を愉しめます。
うにの冷製スープ
<うにの冷製スープ>
紀伊長島産のウニを使ったスープを一口。やみつきになるとはこういう味。
伊勢海老のコンソメジュレに、ウニ、トマトなどを使用した濃厚な冷製スープ。そこに乗せているのは夏が旬のウニ。ウニのコク、伊勢海老の香りがやみつきに。伊勢志摩だけでなく三重を中心に生産者と現地で繋がり、産地にとって無駄の少ない良質の食材調達を行いメニューを生み出す。
未来を見つめる樋口さん流の新しい「海の幸フランス料理」です。
総料理長 樋口 宏江 1991年志摩観光ホテルに入社。23歳でホテル志摩スペイン村のレストラン「アルカサル」シェフとなる。2008年ベイスイート開業とともにフレンチレストラン「ラ・メール」のシェフとなる。2014年に志摩観光ホテル総料理長に就任、都ホテルズ&リゾーツ唯一の女性総料理長として活躍、2016年5月に開催された伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞に女性初、三重県初の受賞。
旅の想い出
海士潜女神社のお守りには熨斗鮑が収められ、鮑貝とセットになっています。国崎では鮑貝をお供え物の器として利用します。木札は伊勢志摩地域の魔除けの印であるドーマンセーマン。水と海に関するお守りです。海士潜女神社やHPで販売。ご朱印もあります。
取材協力 布施田市場(ふせだいちば):ホテルから車で約30分、約16km。
和具漁港(わぐぎょこう):ホテルから車で約32分、約18km。
海士潜女神社(あまかずきめじんじゃ):ホテルから車で約33分、約21km。
国崎漁港(くざきぎょこう):ホテルから車で約31分、約20km。
取材日:2018年2月
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志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。 そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。
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